9
朝食後、屋敷の中を歩くことにしたエリシア。
グレゴリーの言葉を胸に、三階には近づかないように心に決めたが、それでも他の場所に何かが隠されているのではないかと、どうしても気になった。
まずは、先日見た舞踏室から歩いてみることにした。
その扉を開けると、やはり静けさが支配している。
床は磨かれ、壁には古びた鏡が並び、天井には煌びやかなシャンデリアが飾られているが、何も音がしない。
まるで、過去の舞踏会の記憶がそのままここに留まっているかのようだ。
「……本当に、誰もいないんだ」
自分に言い聞かせるように呟きながら、エリシアは部屋を歩き回る。
誰もいないはずなのに、背筋にひやりとした感覚が走る。
それから、書斎の扉を見つけ、ゆっくりと開けてみた。
その中は書棚がぎっしりと詰まっており、古い本が並んでいる。
埃の匂いが少し漂っていて、長い間誰も使っていないようだ。
「……こんなに、たくさん」
目を引いたのは、一冊の黒い表紙の本。
無造作に積まれていたその本を引き出してみると、そこには不気味なほどに古びた文字が刻まれている。
エリシアはページをめくってみたが、どうしても意味がわからない文字ばかりが並んでいる。
「これは……?」
不安な気持ちが胸に湧き上がる。
その本を閉じようとした瞬間、背後から微かな足音が聞こえた。
それはまるで、誰かが静かに近づいてくるような――足音だった。
振り返ると、そこにはルミナが立っていた。
普段よりも少し固い表情で、エリシアを見つめている。
「お嬢様、何をされているのですか?」
その声は、いつもよりも少しだけ冷たく感じられた。
「ただ……この本を見ていたんです。何か、変な感じがして」
「……そうですか」
ルミナは一歩、部屋の中に足を踏み入れたが、その視線は本から離れなかった。
「……その本は、あまり触れない方がいいかと。お部屋の外に出すことも」
エリシアはその言葉に、少し驚きながらも本を手に取るのをやめた。
「……わかりました」
ルミナはそれを見届けると、微笑みを浮かべて言った。
「それでは、お嬢様。何かあれば、すぐにお声かけください」
そして、彼女はすぐに部屋を後にした。
その後ろ姿が、どこか冷たく感じられて、エリシアはまた一歩、背後に違和感を感じた。
ルミナが去った後、エリシアは再び屋敷の奥へと足を進める。
その足は、どこか無意識に図書館へと向かっていた。
屋敷の一角に位置する図書館は、他の部屋よりもひときわ静かで広い空間だった。
大きな窓からは朝の光が差し込み、薄暗い空間の中に温かな光を作り出している。
本棚は天井まで届く高さで、古びた書物が整然と並べられている。
ほこりっぽさと、何とも言えない古びた香りが混じった空気が漂っていた。
「ここなら、何か面白い本が見つかるかも」
エリシアは、手近な棚から本を引き出してはページをめくってみる。
古い本が多く、文字がところどころ薄れていたり、表紙が傷んでいたりするものの、どれも美しく装丁されている。
最初はただ気になった本を手に取ってみるが、なかなか読み進められるものは見つからない。
『歴史書』や『古代の神話』など、知識的な内容ばかりだ。
それでもエリシアは、次々と本を手に取りながら、棚を行き来する。
その中で、少し異質な本が目に入った。
黒い表紙に金の文字でタイトルが記されており、他の本よりも一回り小さかった。
『光と闇の狭間』――とだけ書かれている。
「……これ、なんだろう?」
気になって開いてみると、内容はそれまでの本とは全く異なり、物語がつづられていた。
手書きのような筆跡で、ページの端にぼかしが入れられており、まるで誰かが急いで書いたかのようだった。
ページをめくると、登場人物の名前や場所が繰り返し出てきて、まるで呪文のような感じだ。
「……これは、物語?」
読んでいくうちに、エリシアの目が次第に引き寄せられていく。
その内容は、まるでこの屋敷に何か古代の呪縛がかかっているかのように感じられた。
そして、次に目に入ったのは、書かれていた言葉。
『この屋敷に閉じ込められし者の魂が、永遠に彷徨い続ける。誰かが扉を開けるその日まで――』
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
誰かが、確実にこの屋敷を見守っている。
そして、この本が語ることが、本当だとしたら――
その瞬間、エリシアの後ろで、何かが“すり抜ける”ような音がした。
振り返ると、何もない。
だけど、今の音は確かに――背後からだった。




