8
それからエリシアは一睡もできなかった。
窓の外には変わらず雪が降っていた。
けれど昨夜と違い、陽の光が差し込む部屋の中は、いっそう静かで穏やかに思えた。
まるで、あの出来事は夢だったかのように。
ノックの音がして、大きく体が震えた。
扉を凝視しているとその扉が開かれ、ルミナがにこやかに入ってきた。
……けれどその笑顔は、昨日よりほんの少しだけ硬かった。
「おはようございます、お嬢様。ご気分はいかがですか?」
「……うん、ありがとう。昨日の夜……ちょっと、変な音がして。誰か、扉の前に来てた気がしたの」
言った瞬間、ルミナの表情がほんの一瞬だけ、固まった。
「……そうですか」
それ以上は何も言わず、ただ、微笑みだけを崩さないまま朝の支度の手伝いが進められた。
朝食の席ではカリーナがエリシアに紅茶を注ぎながら、ちらりと目線を交わしてきた。
「……眠れました?」
「……まあ、普通に」
「そう……よかったです」
カリーナの声は穏やかだが、どこか張り詰めたものがあった。
彼女もまた、何かを知っていて、しかし決して語らないように思えた。
トマスも、ベルナールも特に会話に加わらなかったが、妙に静かだった。
昨夜の冗談好きなトマスは、口数が少なく、食器を扱う手つきもややぎこちない。
唯一いつもと変わらないのは庭師のエドリックだけだった。
だが彼は基本的に物言わぬ男で、ただ、いつもより念入りに窓の外を見ていた。
そして、グレゴリー。
食後、エリシアが彼とすれ違う際、彼は静かに声をかけてきた。
「……何か、見ましたか?」
その一言に、胸が詰まる。
「……いえ。見ていません。でも、声が……聞こえました」
グレゴリーは、長い沈黙ののちに、小さく頷いた。
「それで結構です。見なかったのなら……まだ、大丈夫」
「……“まだ”?」
老執事の表情は穏やかだったが、その目だけは厳しかった。
「どうか、今夜以降は――声にも、返事をなさらぬよう」
彼は、それ以上何も言わなかった。
それ以上を語れば、戻れないことを知っている者の口ぶりだった。




