7
「……あなた、だれ?」
扉に向かって絞り出した声は、思っていたよりもしっかりしていた。
自分でも驚くほど、震えていなかった。
沈黙。
火の爆ぜる音だけが、部屋に響く。
もういないのか――そう思った瞬間だった。
ギィ……
扉の向こうで、何かがきしんだ。
扉を開けようとするような音ではない。
ただ、そこで“動いた”のだ。
『……ひとつ、だけ……』
囁くような声。
まるで霧の中に溶けるように、掠れて、言葉にならない。
『ひとつ、だけ……返して……』
か細く、それでいて芯に触れるような声だった。
女の声とも、子どもの声とも、男の声ともつかない。
どこか、壊れた音のように、ゆっくりと、滲み出る。
『返して……返して……かえして……』
呪詛のように繰り返される声。
次第にそれは、音ではなく“気配”として部屋に滲み込んできた。
扉の隙間から、ぴたりと何かが“こちら側”を覗いている気がした。
エリシアは、思わず一歩、後ずさった。
息がうまく吸えない。
恐怖というより、何か――本能が警鐘を鳴らしていた。
『……ごめんなさい』
そう口にしたのは、意識してではなかった。
ただ、そう言わねばならない気がしたのだ。
すると、
コン……コン……
最後に、ひとつだけ。
扉を爪でなぞるような音がして――気配が、ふっと消えた。
誰もいなかった。
気配も、音も、影すら残さず、ただ静けさだけが戻ってきた。
暖炉の火が揺れている。
いつもと変わらぬ、あたたかな灯り。
けれど、今夜――エリシアは“扉の外”と確かにつながってしまった。




