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そして、夜。
屋敷は静まり返っていた。
グレゴリーの言葉を守り、エリシアは部屋の扉に鍵をかけ、ベッドに潜り込む。
暖炉の火がゆらゆらと灯っている。
毛布の中は暖かい。
(屋敷は大きくて、不思議で、でも皆優しい。……なのに、どうして。)
コン……コン……
「……っ」
遠くから、小さなノック音のようなものが聞こえた気がした。
錯覚かもしれない。屋敷の木が軋んだのかもしれない。
それでも、エリシアはぎゅっと毛布を握った。
誰も歩くはずのない時間。
出てはいけない廊下。
開けてはいけない扉。
けれど今夜、何も起こっていない。
ただ、静かに夜が更けていく。
そのはずだった。
コン……コン……
静寂の中、再び微かな音が響いた。
それはまるで、誰かが遠慮がちに扉を叩くような、乾いた音。
エリシアはベッドの中で身体を起こし、じっと扉を見つめる。
暖炉の火が静かに揺れ、天井に不規則な影を落としていた。
「……はい…?」
思わず漏れた返事。
問いかけというより、反射だった。
けれど、その瞬間――
音が、止まった。
ノックの音は、それきり、ぱたりと消えた。
代わりに、かすかな気配だけが扉の向こうに残された。
誰かが、そこに“立っている”。
「……どなた、ですか?」
返事はなかった。
ただ、床のきしみ音もなく、足音もなく――
それでも確かに、“そこ”に誰かがいる気配だけは、消えない。
エリシアの背筋に、冷たいものが這い登ってくる。
グレゴリーの言葉が脳裏をよぎった。
『扉の前に誰かが立っていたとしても、開けてはなりません』
扉の向こうから、かすかに衣擦れの音がした。
それは、誰かが身じろぎした音。
あるいは、より近づいた音。
「……ライナルト様……?」
試すように名前を呼んでみた。
だが返事は、ない。
沈黙だけが返ってくる。
そして――その沈黙の中で、誰かの囁くような吐息が、扉越しに落ちた。
「……エリシア」
心臓が、跳ねた。
それは確かに自分の名前だった。
けれど、その声は……知っているはずの、どの声でもなかった。
低く、静かで、まるで水面の底から響いてくるような――そんな、声だった。




