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33

夜はもう、終わっていた。


ほんのわずかに、灰色の空がひらいていく。

けれど、そこには陽は昇らない。


この世界では、朝はただの静寂の名残。

淡く、寒く、それでいて柔らかい。

それでも、エリシアにとっては確かに、あたたかな朝だった。


部屋の窓辺に差し込む蒼白な光が、薄くベッドを照らしていた。

シーツの中には、互いの体温を溶かしあうように眠るふたり。


呼吸は穏やかで、ライナルトの腕の中に抱かれたエリシアは、

まだ眠りの中で、微かに唇を動かしていた。


「……ライナルト様……」


その名を呼ぶ声に、彼のまぶたがゆっくりと開かれる。

いつものように眠りから立ち上がるわけではない。

ただ、彼女を見ていた。

触れるように、見る――そんなまなざしで。


昨日交わしたばかりの契約の痕は、エリシアの首筋に、わずかな紅を残している。

けれど痛みはない。熱もない。ただ、心の奥に――


ーーーーわたしは、選ばれた


その確信だけが残っていた。


小さな幸福が、そこにある。


もう誰にも奪われない。

この腕も、この眠りも、名前も、すべて。


ライナルトは少しだけ身体を起こし、エリシアの髪にそっと口づけた。


「おはよう。……おはよう、エリシア」


その声音には、疲れも、緊張も、もう含まれていなかった。

ただ、満ち足りた安堵と、穏やかな熱。


エリシアは身を起こそうとして――


「……わっ」


そのままぐいと引き寄せられる。


ライナルトの腕の中。逃れる隙などない。


「もう少しだけ。……こうしていたいんだ」


「……甘えんぼさんですね」


エリシアは、笑いながら彼の髪を撫でた。

頬に額を寄せて、そっと息を落とす。


「ねぇ、ライナルト様……」


「ん?」


「……その、もう一度……名前、呼んでくれませんか?」


一瞬だけ、彼の瞳が見開かれ――そして微笑に変わる。


「……ふふ。君って、本当に不思議だ」


優しい声で。


「……エリシア。私の、ひとりだけの小鳥」


まるで恋文のように、愛を含ませてそう囁いた。


エリシアは小さく頷く。胸の奥が、じんわりと温かくなる。

「……そして、そちらの契約も済ませた、と」


声の主は、例によっていつの間にか現れた老執事――グレゴリーだった。


だが、どこか言葉の端々に微笑がにじんでいる。


ライナルトは、肩肘をつきながら軽く頷いた。


「……報告が早いね。見ていたのかい?」


「いえ、旦那様のご様子を見れば――それはもう、明白でございますので」


エリシアはその会話を聞きながら、少し照れたように目を伏せる。


「恥ずかしいから、やめてください……」


けれどその頬に浮かんだ紅は、決して不快のものではなかった。


小鳥としての契約――

それは血を交わし、深層を結び、主と伴侶のような繋がりを持つということ。


それは決して軽いものではない。

一生を変えるほどの、重たい契り。


それでも、いまエリシアの心には、恐れよりも、幸福の重みがあった。


隣にいる彼――

ライナルトの表情が、どこか柔らかい。


まるで、ようやく肩の力が抜けたように、

何かから解放されたように。


「……今日はお仕事が?」


「ん……ない」


「また?」


「いや、"本当に"ないんだ。……グレゴリー、今日の予定は?」


「何も、ございません。全て昨日のうちに終えました。


エリシア嬢のご契約があったので、すべて前倒しにいたしましたとも」


「……やっぱり見てたんじゃないですか……」


三人の間に、くすくすとした笑いが生まれる。

静かで、穏やかで、優しい――まるで、それがこの世界のすべてかのような時間だった。


やがてグレゴリーが静かに下がると、二人きりの空間が戻ってくる。


ライナルトは、隣にいるエリシアの手をそっと取り、自分の指を絡めるように握った。


「……ありがとう。


怖かった。君を繋ぎ止めたい気持ちも、

君を壊してしまいそうな自分も、


でも君がこうしてそばにいてくれて、

こうして笑ってくれて……


初めて、朝が優しく感じた」


エリシアは、にっこりと微笑んでその身体を抱きしめる。


それは、何よりの答えだった。


冬の朝。

世界は夜に包まれているはずなのに、

ふたりのまわりだけ、ほのかにあたたかい光が灯っていた。


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