26
地下室の扉を開くと、冷たい空気が肌を撫でた。
それでも今は、もう怖くない。
エリシアはライナルトの手をしっかりと握りながら、階段を一段ずつ降りていく。
ライナルトも黙ってついてくる。
彼の歩みは静かで、けれど確かな覚悟がそこに宿っていた。
やがて、たどり着く。“あの鏡”の前に。
かつてエリシアが、自分の名と向き合った場所。
いま、ライナルトが、“自分自身”と向き合うために立つ場所。
鏡は、最初は何の反応もなかった。
けれどライナルトが一歩、前に出た瞬間――その黒い水面が、静かに波打ち始める。
「……ああ、懐かしい感覚だ」
ライナルトがぽつりとつぶやいた。
「私が……自分の“影”を封じたのは、レイナを、……彼女を喰らいかけたあの夜だった」
感情も、渇きも、執着も……すべて鏡の奥に閉じ込めた。
それが“夜の主”としての、私の始まりだった」
鏡は揺れ続けている。
エリシアにはわかる。
そこにいる――あの“影”が、彼を待っている。
ライナルトが、静かに鏡の前に立つ。
「戻ることは、終わることかもしれない。
けれど、……君の声が、私に“終わってもいい”と思わせてくれた」
そして、エリシアの方に振り返る。
「君が望むなら、私はこの手を、鏡に差し出そう」
その先にあるのが、“ただの破滅”だとしても――君が選んだ夜なら、私はそれを歩こう」
あきらめたように笑うライナルトに力強く抱き着いて、エリシアは大きく息を吸った。
「違う、違うの。終わりじゃない、これから始まるの!!
あなたの、あなた達の名前は……ライナルト・ヴェルナー!!」
それは命を削るような、震える魂の奥から――絞り出された叫び。
エリシアの声が、夜を裂いた。




