25
そして、エリシアは駆けだす。
重たい地下の扉を開け、闇を抜けて、階段をのぼる。
この屋敷のすべてが眠りについているその中で――たった一人、“呼ぶべき名”の元へ。
向かう先は、ライナルト・ヴェルナーの部屋。
扉は閉まっていた。
けれど、今ならためらいなどない。
エリシアは拳を握り――強く、ノックした。
「ライナルト様――!」
沈黙。
一秒、二秒、三秒――
カチャリ
扉の向こうで、静かな音がした。
そして、ゆっくりと扉が開かれる。
そこにいたのは、この屋敷の主であり、かつてエリシアの名を書いた男――。
ライナルト・ヴェルナーだった。
彼は、少し驚いた顔をして、
そして、微かに微笑んだ。
「……君が、ここへ来るとは思っていなかった。
どうしたんだい、こんな時間に」
ライナルトは、ゆっくりとエリシアに向き直る。
薄いグレーの瞳が、いつものように穏やかで、少しだけ困ったように細められていた。
「……どうしたの?そんな顔をして」
少し砕けたライナルトの言葉に、エリシアは口を開きかける。
けれど、胸の中がぐちゃぐちゃで、何から話せばいいのかわからない。
影のこと、名前のこと、焼き印、鏡、封印――全部が重くて、言葉に乗らない。
「私……うまく、説明できないんです。……でも……」
彼の前に立って、拳をぎゅっと握る。
「でも……あなたを、連れていきたい場所があるの。
行かなきゃ、いけない気がするの……あなた自身が、戻らなきゃいけない場所」
沈黙。
ライナルトは驚いたように瞬きをする。
だが、その表情はやがて――
とても静かな、けれど深く優しいものに変わっていった。
彼は、小さく笑った。
それは、どこか諦めにも似た微笑――けれど、拒絶ではなかった。
「君がそこへ私を連れていくというのなら、それは、向き合わなくてはいけないということなのだろうね。」
そう言って、彼は手を差し出した。
「案内してくれるかい?君の見つけた夜の底へ。私自身が、ずっと閉ざしてきた“もう一つの私”のもとへ」




