21
グレゴリーの手紙を胸にしまい、エリシアは静かに三階を離れた。
屋敷は静まり返っている。
それでも、雪の降り続く外よりも、ここは冷たかった。
ライナルトの部屋は、南棟の奥――重厚なドアがひとつだけ、別の空気を纏っている。
普段なら夜の訪問はためらうところだが、今のエリシアにとって、それは“必要な侵入”だった。
手をかけると、扉は――開いていた。
(……起きてる?)
この時間、ライナルトは仕事をしている時間帯。けれど中に人の気配はない。
ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。
あの日、熱に浮かされたように酔わされたこの場所。
けれど今は、別の目で見る。
高い天井、窓際に立てかけられた杖、整然と並ぶ古書。
奥には、書斎の扉が半開きになっていた。
(ここ……)
静かに歩を進める。珍しく机の上は乱雑に書類が置かれており、漆黒の表紙でまとめられた手帳がいくつか並んでいた。
そして――その中のひとつに、見慣れた筆跡で名があった。
《E.N./接触記録》
震える指で、そのページを開きパラパラと急いで流し見る。
《ノースフィールド家との結びつきは古い。
鏡の主に対抗し得る血脈は限られているが、“彼女”には可能性がある。》
《ミレイユのときは拒絶された。あの夜、“影”が強く反応したせいか。
エリシアはまだ知らない。けれど、彼女の名は既に刻まれつつある。》
《あの夜、手に触れたとき、焼印が出なかったのは……まだ、“影”が躊躇している?
ならば、彼女を傾かせるのは今しかない。
……“鍵”を手放してはならない。》
《グレゴリーが気づいた。動きが早い。
けれど、もし私に許されるなら、彼女に――》
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そこで、記録は切れていた。
エリシアは、息を呑んだ。
ライナルトは知っていた。
自分が“影”と繋がっていることを。
そして、自分の名が刻まれかけていることを。
けれど、それを“隠した”。
“影”に奪われぬよう、“鍵”として引き寄せるために――
彼は、優しく、甘く、支配してきたのだ。
(……私の名は……誰が刻んでいるの?)
その問いの先に、“答え”をくれたのは、ライナルトではなかった。
本棚の奥、黒い箱がひとつ隠されていた。
鍵はない。けれど蓋はすっと開く。
中には、古い契約書の破片が数枚。
そして――そこにあった名。
《E.N./記録主:L.V.(第一筆者)/接触:自室・夜/干渉開始:鏡反応前》
「……っ!」
エリシアの名を、最初に書いたのはライナルトだった。
“影”より先に。




