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グレゴリーの手紙を胸にしまい、エリシアは静かに三階を離れた。

屋敷は静まり返っている。

それでも、雪の降り続く外よりも、ここは冷たかった。


ライナルトの部屋は、南棟の奥――重厚なドアがひとつだけ、別の空気を纏っている。

普段なら夜の訪問はためらうところだが、今のエリシアにとって、それは“必要な侵入”だった。


手をかけると、扉は――開いていた。


(……起きてる?)

この時間、ライナルトは仕事をしている時間帯。けれど中に人の気配はない。


ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。

あの日、熱に浮かされたように酔わされたこの場所。

けれど今は、別の目で見る。


高い天井、窓際に立てかけられた杖、整然と並ぶ古書。

奥には、書斎の扉が半開きになっていた。


(ここ……)


静かに歩を進める。珍しく机の上は乱雑に書類が置かれており、漆黒の表紙でまとめられた手帳がいくつか並んでいた。

そして――その中のひとつに、見慣れた筆跡で名があった。


《E.N./接触記録》


震える指で、そのページを開きパラパラと急いで流し見る。




《ノースフィールド家との結びつきは古い。

鏡の主に対抗し得る血脈は限られているが、“彼女”には可能性がある。》


《ミレイユのときは拒絶された。あの夜、“影”が強く反応したせいか。

エリシアはまだ知らない。けれど、彼女の名は既に刻まれつつある。》


《あの夜、手に触れたとき、焼印が出なかったのは……まだ、“影”が躊躇している?

ならば、彼女を傾かせるのは今しかない。

……“鍵”を手放してはならない。》


《グレゴリーが気づいた。動きが早い。

けれど、もし私に許されるなら、彼女に――》



------------------------------------------------------


そこで、記録は切れていた。


エリシアは、息を呑んだ。


ライナルトは知っていた。

自分が“影”と繋がっていることを。

そして、自分の名が刻まれかけていることを。


けれど、それを“隠した”。


“影”に奪われぬよう、“鍵”として引き寄せるために――

彼は、優しく、甘く、支配してきたのだ。


(……私の名は……誰が刻んでいるの?)


その問いの先に、“答え”をくれたのは、ライナルトではなかった。


本棚の奥、黒い箱がひとつ隠されていた。

鍵はない。けれど蓋はすっと開く。


中には、古い契約書の破片が数枚。


そして――そこにあった名。


《E.N./記録主:L.V.(第一筆者)/接触:自室・夜/干渉開始:鏡反応前》


「……っ!」


エリシアの名を、最初に書いたのはライナルトだった。

“影”より先に。

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