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老執事のあとを静かに歩く。
足元に敷かれた絨毯は、深紅に金の刺繍が施され、踏みしめるたびにわずかに沈んだ。
壁には重厚な絵画や古びた燭台が並び、時折揺れる灯りがゆらゆらと影を落とす。
長い廊下の奥にある大きな窓からは、白銀の庭がちらりと見えた。
氷に閉ざされながらも、どこか静謐で、美しい世界だった。
「こちらの屋敷は築150年。ご先祖様がこの地に根を下ろされてから、幾度か改装されてはおりますが…」
老執事がゆっくりと説明を加える声もまた、空間に溶け込むように静かだった。
「雪深いこの土地では、音すら吸い込まれるようでしょう。ですが、ご安心を。中は常に暖かく保たれております」
天井は高く、アーチの装飾が施されていた。木材の香りに混じる微かな香油の匂いが、時を経た品格を物語っている。
やがて、重厚な扉の前に立った老執事が、振り返る。
「旦那様がお待ちです。どうぞ、心を強く――とは申しません。ありのままのお嬢様で」
微笑みとともに、扉が開かれる。
その奥、夕暮れの光が射し込む広間の中央に、一人の男が静かに立っていた。
開かれた扉の先、淡く射し込む西陽に照らされて、男は立っていた。
整った金茶の髪に、薄い微笑を浮かべた口元。淡いグレーの瞳は、どこか遠くを見つめるように静かだ。
「ようこそ、エリシア・ノースフィールド嬢」
男――ライナルト・ヴェルナーは、ゆっくりと一礼した。
その動きは無駄がなく、まるで一つの所作として完成された芸術のよう。
だが彼の声には、どこか線を引くような温度があった。
「長旅、お疲れだったでしょう。どうかここでは、肩の力を抜いてお過ごしください」
柔らかい。だが近寄りがたい。
まるで、凍てついた湖面の上に降る春の雨――
表面には温もりがあっても、その奥には決して踏み込ませぬ冷たさが宿っていた。
「お会いするのは初めてですが……私は貴女のことを、少しばかり知っています」
エリシアが言葉に詰まるのを、彼は微笑んだまま見つめていた。
優しげな表情の裏に、何かを測るような、あるいは試すような視線を秘めて。
「……ですが、その話はまた後ほどにしましょう。まずは、お茶でもいかがですか」
彼は手を軽く振り、老執事へと目をやった。
その合図一つで、静かに準備が始まる。
「どうぞ、こちらへ。……私は、貴女を歓迎していますよ。もっとも――それが、貴女にとって幸か不幸かは、まだわかりませんが」
その言葉に、エリシアの背筋がひやりと冷えた。
けれど、不思議と足は止まらなかった。
冷たいとわかっていても、彼の奥にある何かに惹かれてしまう自分が、そこにいた。




