19
ゆっくりと、一定のリズムで、迷いのない足取り。
「…………!」
心臓が跳ねた。
誰かが、三階に上がってきている――
そしてその足音は、まっすぐにこの部屋の前へ近づいてくる。
(……見つかったら……!)
何かに触れたことを悟られたら、もう“引き返せない”。
扉を閉めた音は、もう聞かれている。
逃げるには遅すぎる――ならば、隠れるしかない。
部屋の中を一瞬で見回す。
視界の隅、壁の奥――古いドールハウスの隣に、小さな扉がある。
(……押し入れ?)
小さな収納のような造り。ぎりぎり入れるかもしれない。
足音が扉のすぐ外で止まった。
ドアノブが、ゆっくりと回される音がした。……ギィと古い扉がきしみ、閉められた。
エリシアは反射的に、小さな扉を開け、その中に身を滑り込ませた。
ぎりぎりのところで身体を縮め、扉をそっと閉じる。
中は狭く、息苦しい。
でも、ここなら“見られない”。
沈黙。
足音。
誰かが、部屋の中に入ってきた。
一歩。二歩。
軽い足取り。けれど、確かな探知の動き。
少女の机の引き出しが、そっと開けられる音。
ベッドの下を覗く音。
――“誰か”が、確実にエリシアを探している。
そして、鏡台の前で足音が止まる。
しばしの沈黙のあと、低い声が、鏡の前で呟かれた。
「……見たんですね、貴女も」
(……!)
それは――グレゴリーの声だった。
「その印が浮かぶということは……鏡に触れ、呼応した証。
……ならば、貴女の記録も、書き換えられる可能性がある」
彼の声には、怒りも驚きもなかった。
あるのは、ただ静かな観察者の口調。
そして彼は、少女の机に何かを置いた。
カサリ――紙の音。
「もう逃げられない、とは言いません。
けれど、選ばぬままでは、誰かが代わりに選ぶ」
「……できれば、ライナルト様ではない方を。私は、そう願いますよ」
そして、彼の足音は部屋を出ていった。
閉まる扉の音が、静かに部屋に響いた。
……やがて、完全な沈黙が戻る。
エリシアは、まだ速い心拍を抑えながら、小さな扉の中で目を閉じた。




