表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/33

17

夜。屋敷は深い眠りに沈んでいた。

カーテン越しの雪明かりだけが、静かに廊下を照らしている。


エリシアの足音は絨毯に吸われ、まるで音が存在しなかった。


――三階。


そこは、屋敷の者が決して近づかぬ場所。

“現在使われていない”と言われた、時間の止まった階層。


だが今夜、その階段を登るのは、ただ一人。

選ばれた者――エリシアだけだ。


手すりの木材は冷たく、空気は一段と重たい。

一段、また一段と上がるごとに、温度が下がっていく気がした。


やがて、辿り着く。


三階の踊り場。

そこには、廊下がまっすぐ続いていた。

まるで使われていないような静寂。埃ひとつない床。

それなのに――


“誰かがここで呼吸している”と、直感が告げている。


廊下にはいくつか扉が並んでいた。

だが、中央奥のひときわ古びた扉だけが、異様な存在感を放っていた。


その扉の上には、飾り彫りが施されていた。

見覚えのある紋章――あの鏡の縁と同じ印。


そして、ドアノブに手をかけた瞬間。


コン……コン……


今度は、内側からノックの音が響いた。


「…………っ」


手が、震える。

エリシアは、中央の扉からそっと距離を取り、廊下の左右に並ぶ他の扉へ目を向けた。

三階には全部で五つの扉があった。

中央を除いて、両側に二つずつ。どれも重厚な木製で、金属の取っ手が鈍く光っている。


まずは、右手前の部屋。

取っ手を回すと、かすかに音を立てて開いた。鍵はかかっていない。


中は、まるで誰かが“つい昨日まで”使っていたような書斎だった。

書棚には埃もなく、本は整然と並び、机の上にはインクと羽ペン、そして未完の手紙。


『……私が選ぶことが、正しいとは思わない。

けれど、私の血が答えを持つのなら、それを封じる役目を――』


手紙はそこで途切れていた。

誰かが、“封じる”ためにここにいたのか。

それとも、“何か”を知ってしまい、口を閉ざしたのか。


部屋には、見覚えのある香が漂っていた。

あの夜、ライナルトの部屋で感じた香りに、かすかに似ていた。


次に、左手前の部屋。

扉を開けると、そこは寝室だった。だが、ベッドは壊されており、家具は隅に追いやられている。


床には、薄く黒い焼け焦げの跡。


「……何が……?」


部屋の隅に、ひとつだけ残されていた銀の十字架。

これは装飾品ではない。明らかに、“何かを祓う”ために使われた形跡。


この部屋で、何かが起きた。

誰かが、“ここにいた何か”を封じようとした――だが、成功したかは不明だった。


左奥の扉。

そこには、意外にも柔らかな空気があった。

中は、少女の部屋のようだった。小さな鏡台、古いドールハウス、花の刺繍のクッション。


だけど――奇妙な違和感がある。


鏡台の鏡は、布で覆われていた。


それを外しかけた瞬間、エリシアの胸に、昨夜の鏡の“熱”がぶり返す。


まるでここにも、あの鏡と繋がる“何か”がある。


この部屋の主は、かつてこの屋敷にいた“少女”。

記録簿には記されていなかった。けれど、その痕跡はここに確かにある。


壁に貼られた古びた紙に、細い筆跡で書かれた言葉。


『ライナルト様の目は、嘘をつく。

でも、鏡はもっと嘘をつく。

私は、どちらも見ない。誰も、呼ばない。』


それは叫びではなく――祈りのように、静かな言葉だった。




右奥の最後の扉。

開けようとすると、手が冷たく痺れるような感覚に襲われた。


「……っ」


取っ手を離すと、感覚はすぐに戻ったが、その扉だけは“拒絶”を感じた。

中から“入るな”と告げるような、密やかな圧力。


試すべきではない。

まだ、“そこ”には近づくな――直感が警鐘を鳴らしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ