断頭台の青い花
影絵芝居のようなものです。
詳細な描写はないですが、処刑の話なのでR15にしました。
春の広場は青い花に囲まれている。
かつてそこには断頭台があったという。
そこで最後に首を落とされたのは、年若き女性、ルイーズ=オレリア。
処刑の時には家名を失っていたが、「オレリア」は彼女の曾祖母にして爵位を賜った王女の名であり、唯一女系を許された公爵家の跡取り娘たる証明であった。
ルイーズは幼い頃から、貴族の娘、公爵家の娘として厳しく躾けられてきた。10歳の頃には、彼女の双子の弟への爵位継承を認めることを条件に、当時の次期国王たる王子の婚約者に指名された。以降は次期王妃として、貴族女性の見本となるべく厳しい教育も始まった。
両親の深い愛はあったが、貴族の務めとしての教育は、彼女の子供時代を鮮やかに彩るものではなく、王子とのわずかな交流こそがささやかな慰めであった。
このように人生を賭けて、貴族として、王子の婚約者として生きていた彼女が、何をして首を落とされるに至ったか。
その真相は、彼女の死後10年を経て明らかになった。
彼女の転落のきっかけは、北の隣国の王女の訪問であった。
その王女は、歓迎のために現れた王子をひと目見て、恋に落ちた。自らも国に婚約者がいるにもかかわらず。
一月ほどの滞在の間、賓客としての立場を存分に利用して王子の傍を独占し、こと公の場ではルイーズを差し置いて婚約者のごとく振る舞った。
一方でルイーズや他の令嬢を呼び寄せて茶会を催し、夜会の招待を受けるなど、王族以外の貴族とも広く交流する様子も見せた。
事は王女の帰国前の式典で起きた。正しくは、起こされた。
片や王子を伴う王女。傍らには王女の帰国を前に、短くはあるが外交のために訪れていた兄王子。
片や婚約者であるはずの王子に付き添われることもなく、両親と双子の弟に伴われて式典を訪れていたルイーズ。
王女は会場に足を踏み入れるやいなや、王子に対して「帰国の前に」とルイーズの罪を訴えた。
「茶会に伴った令嬢を介してあらぬ噂を流された」「目を離した隙に茶会の茶に異物を入れられた」「針の欠片を入れた菓子を土産として持たされた」と。
大勢の貴族の困惑を前にして、国王も王子もルイーズの罪を断じるには時間が必要とした。しかし王女に付き添う兄王子から「今この場で処刑の判断を下されるならば、国として大事にはしない」と促され、国の安寧の為に一人の娘は切り捨てられた。
王女のたっての希望で侍女も伴わぬ茶会も多かったため、隣国の侍従と侍女の証言が全てとなった。
式典のその晩に、ルイーズは国王によって王子との婚約を破棄され、公爵家から籍を抜かれた。
翌朝、夜明け前に家族の最後の一時を過ごした後、王女の帰国直前に、春の柔らかな朝日の中、王城から見下ろす広場で、ルイーズの首は落とされた。
王女はその様を見て人知れず小さく笑い、兄王子と共に帰国の途についた。
表向きには、婚約者である王子と親交を深める女性に対する嫉妬心で、隣国の王族を傷付けようとした罪での処断。
ルイーズの家族を含め一部貴族からは尚早であったと責める声も聞かれたが、外交に関わる問題として、これ以上の追求は許されなかった。
公爵家はこの処刑を期に王都を去り、その身に確かに王家の血を引きながら、城に上がることは無くなった。
ルイーズの処刑から1年後、元婚約者を弔った王子の新たな婚約者として、彼の王女がその座に収まった。
王女の元婚約者には別の令嬢が充てがわれたという。
誰も気が付かない間に、断頭台は青い小さな花に囲まれていた。
そのさらに半年後には、両国を挙げて盛大な婚儀が執り行われた。
1週間もの間、王都のみならず国中の主立った町で、新年の祭りのごとく祝われた。婚儀に伴い恩赦も与えられ、小さな罪は赦された。そこかしこに抱き合って喜ぶ人々が見られ、この婚姻を国民の全てに祝わせるとばかりに幸せを振りまいた。
しかしそこにルイーズは居なかった。
断頭台は緑の葉で囲まれていた。
国王は王子の婚姻の際、世継ぎが生まれ次第王位を譲ることを表明し、誰もが数年のうちにお代替わりが行われると考えた。
しかし多くの予想に反して、1年、2年と経っても、妃に懐妊の兆候が見られなかった。
王城への道の端では、青い小さな花が咲いていた。
3年を機に、側室を迎えることが決まった。
王子以外に子のいない王家の血を繋ぐ為には仕方のないことであったが、妃となった王女は、そうは考えられなかった。必死に王子に縋った。
王城の門の端で、緑の葉は、あの青い小さな花を咲かせた。
4年目に王女が子を産んだ。王女に似たが、王子にもその父王にも、王妃にも少しも似ない子であった。
しばらく後に隣国の兄王子が引き取った。
王城の庭には青い小さな花が咲き誇った。
断頭台に上る者は居ない。
5年目、王子は2人目の側室を迎えた。
王宮への道に青い小さな花が咲いた。
6年目、王子は3人目の側室を迎えた。
王宮の庭に青い小さな花が咲き誇った。
7年目、王子は4人目の側室を迎えた。
王宮の壁際に青い小さな花が咲いた。
8年目、王宮の壁を登った小さな花が、妃の部屋の窓を彩った。青空と似ていた。
9年目、王女が2人目の子を産んだ。誰にも似ない子を産んだ。
隣国の王となった兄王子が、王女共々引き取った。
王女は北へ帰る道すがら、馬車の窓を開け、ルイーズを無実の罪で引きずり下ろしたと、罪なき女の首を落としたと、声高く認めた。
青い小さな花は、馬車が走った道を追うように、愛らしく咲いた。
ルイーズの名誉は回復されただろうか。
市井では「公爵家が王位を乗っ取るために企てた」「青い花を王宮にまで咲かせて、妃の心を壊した」「妃の寝台に、拾った赤子を置いた」などと噂する者もいたが、いずれも正しくはなかった。
ルイーズの母は、処刑の前の家族の最後の一時の終わりに、ルイーズを連れ出そうとして取り押さえられ、領地に戻るまで、ルイーズの処刑の時さえをも、王家の塔に幽閉されて過ごす程に取り乱していた。ルイーズの父は怒り狂い、二度と戻らぬと王都の立派な屋敷を取り壊そうとまでした。ルイーズの弟もまた、前途洋々たる王城での職を辞してまで両親に従って領地に下った。
花にしたって、どれほど公爵家を見張ったとて、王城を見張ったとて、そのような動きをする者をどう見つけられただろう。
国から連れた侍女さえも寄せ付けず、内から堅く閉ざし、外を厚く守らせた妃の部屋に、誰が赤子を連れ込めたのだ。
ルイーズの処刑から11年目、王子は彼女の弟の息子を養子として、いずれ王位を継ぐ者として迎えた。正しく王家の血を引いたルイーズの、父親似と言っていた、同じ琥珀色の瞳をしていた。
王子は青空のような瞳から一粒の涙を零し、王位を継いだ。
王宮の青い小さな花は咲かなかった。
青い小さな花は、王都を飛び出して広がった。
整えられた街道を、北へ、北へ。
ルイーズの処刑を最後に役目を失った断頭台は広場から姿を消し、代わりに小さな花壇が作られた。白い花が植えられて、春には青い小さな花が咲いた。
そこでは人々が待ち合わせをし、笑い合い、愛を誓い合った。
ルイーズの墓は、公爵家の領地の屋敷に建てられた。門をくぐり、屋敷の玄関までの長い道の終わり。公爵家を訪れる誰もが通る場所。
その墓にはいつだって、大小様々なみずみずしい花が供えられていた。その時々に咲き誇る花。
いつも誰かが花を供えた。
屋敷に仕える者たちが。屋敷を訪れる客人が。家族を愛する者たちが。
オレリアの名を継ぐ跡取り娘が。
里帰り中の王が。
ルイーズの好きだった白い花を供えた。
魂だけが眠る墓に。
さて、王都の元公爵家の屋敷であるが、ルイーズの家族によって王家ゆかりの品々と共に取り壊されようとしていたところを、たまたま出くわした蒐集家がすんでのところで買い取った。
以降は彼の屋敷として使われ、その死後は彼の蒐集品を展示する美術館となった。
その庭にはかつて、広場に咲く青い小さな花と様々な白い花が植えられていたという。
古城にほど近い旧市街の、あの美しい美術館である。
初めての投稿です。
頭に浮かんだ物語を、肉を付けたり剥がしたり、3日かけて引っ掻き回して整えました。そして一ヶ月半寝かせてまた調整して投稿しました。
遠い歴史の中の一つの出来事のように考えて作ったので、真相や登場人物の心境みたいなのは無いです。ルイーズの処刑にまつわる物語はこれが全てです。