8.弓矢
弓を一緒に作る約束をしたが、結局翌日もできなかった。メルヴィが筋肉痛で腕に力が入らなかったからだ。腕が燃えるように熱いという彼女は、食事をするときに腕を上げる動作でさえ、辛そうな表情をしている。長いこと筋トレをしていると、筋肉痛になりづらい上になったら嬉しいくらいの感覚なのだが、そこに理解を求めるのは難しそうだ。
このまま体のどこかしらを筋肉痛の状態にしていると、メルヴィに弓の作り方と扱いを教わるのは難しそうで、仕方なくその日は休みとして、自分自身の筋トレだけで済ませた。
「まずはこの木の枝を切り出して」
メルヴィの筋肉痛が落ち着いた翌日、竹の様なしなりを持つ木を、家にあった昔使ったキャンプ用品のナイフを使って切り出した。十分な強度としなりを持っているその木は、素人目に見ても弓を作るのに向いていそうな感触だ。
「次はこの植物を取って~」
もうひとつは不思議な感触をした地を這う蔦のような物を切り出した。
「じゃあ、一緒に作っていくから真似しよう」
メルヴィは最初に切り出した木を、水に濡らしながら徐々にしならせていく。自分も見様見真似だが、大体一緒のことが出来たと思う。
次に、蔦を細かく縦に割いていくと、今度は弓の弦のようなものが取れた。それをメルヴィに教わったやり方で先程のしならせた気に取り付けていくと、いとも簡単に弓が作れた。
「はい!弓の完成です!」
「おぉ~!」
余りの速さに思わず感嘆の声を上げてしまう。
「じゃあ次に矢を大量に作っていきましょう!」
「はい!先生!」
「せんせい?……まあいいわ」
先生という言葉にピンと来ていない様子のメルヴィだが、引き続き矢の制作に入った。
今度は外にある手近な木の枝を大量に採って持ち帰る。その枝をナイフで削り取りながら鉄の鏃を付けない簡単な矢を制作していく。簡単と言っても、一本の矢を作る為に枝を削る作業がなかなか難しく、弓の制作の倍くらいの時間が掛る。その日出来上がった矢は数本だけで、その後も毎日継続して矢を作っていくことにした。
そして一日の締めに筋トレをするのだが、これがまたメルヴィの筋肉痛を引き起こしてしまい、次の日に予定していた、弓の練習は延期となった。
そして翌々日、やっと筋肉痛がマシになったと言うメルヴィに弓を教わる事となった。
「はい、じゃあそこから真っ直ぐ引いて~離す!」
自分の手元から離れて行った矢は、ヒョロヒョロという表現が正しい軌道を描いて、狙いを突けた木に向かって飛んでいく。
「なんでぇ~?」
メルヴィが頭を抱えてその場でしゃがみ込んでしまったのには理由がある。その日は朝から弓を習い始めたのだが、一向に上手くなる気配がしなかったからだ。
筋力も十分あって弓を引く力も十分な筈なのに、撃ち出される矢は頼りない威力で変な方向に飛んでいく。メルヴィが見せてくれた手本は、彼女の細腕でも十分な威力を持って目標に深く突き刺さる。体格も筋力もあるはずの自分が全く上手くいかないのは謎だった。
「なんかコツとか……ある?」
「分かんない!ここまで下手な人初めて見たよ~」
メルヴィの困り顔に、自分の情けなさが強調されて辟易してしまう。
「もう少し練習したらなんか掴めるかも?」
自分への期待を込めて追加練習を申し出て、彼女のプライドを傷つけないように、慎重に言葉を選びながら矢を放ち続けた。
「無理……かも」
「私もそう思う」
夕方まで続いた練習で自分の手はボロボロになっていているが、そこまでしても上達の気配は見えなかった。一日続いた練習も諦めの雰囲気が出て、背負った夕日も相まって悲しい状況となる。「気分転換に一緒に筋トレしようか」と誘ってみると、メルヴィは同情もあってか特に抵抗することもない。
筋トレは何も考えなくて良いから楽だ。筋肉に集中するから他の事を考える暇がない、と言った方が正しいかもしれない。特に脚トレの日はそれが顕著で、頭の中には苦しみと吐き気しかなくなるのだ。メルヴィも最初は大人しく一緒に脚トレをしていたが、余りのきつさに途中から悪態が止まらなくなっていた。
永遠とも感じる脚トレを終えた次の日、自分はメルヴィを背負いながら行動していた。彼女は自分よりもひどい筋肉痛で、まともに動くことが出来なかったからだ。
「まぁ、慣れるよ!」
「慣れたくない!!」
と怒り調子のメルヴィと共に、今日も弓矢の練習が始まった。
それから約1週間に渡って毎日のように筋トレと、弓矢の練習を繰り返したのだが……
「やっぱり無理かも」
「やっぱり無理だね」
ここまでの一週間で余りの弓の上達しなさに彼女の敬語も外れた矢先、ついにメルヴィが匙を投げた。
「いいよ!もう私が狩る」
「えっ!?」
「どうせ私には帰る場所もないんだから、ここに暫くお世話になる事にした!」
「わ、分かった。ウチの家は筋トレが義務だよ?」
「それは嫌!!!!」
彼女の頑強な意思に思わず笑ってしまうが、この世界に来て孤独な人生になりそうだった自分には救いだ。
メルヴィが居てくれることに感謝して、彼女の潰れたカエルの様な絶叫を聞きながら2人でトレーニングに勤しんだ。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。