6.背中トレ
「メルヴィ、おはよう」
「おはようございます」
彼女の寝起きは自分とほぼ同時だった。
この世界の人の朝の生活習慣がどのような感じなのか、自分の朝のプロテインをシェイクしながらついついメルヴィの行動を目で追っていた。
彼女は昨日教えたトイレに向かった後、顔を洗いうがいをして普通にこの場所で暮らすようにダイニングテーブルに座った。そのまま手持無沙汰の様子で、周囲を見回してキッチンの中を見ている。
特に我々の世界の住人と大差ないようだ。
「朝食作るから待ってくれ、何か食べれない物とかあるか?」
「ないと思う」
「そうか、じゃあ待っててくれ」
炊飯予約があった現代なら、既にお米は炊き上がっているはずだがここは異世界。そんな便利な機能が付いている者がある訳が無いので、一から米を研ぎ、炊き始める。
そしてその間に、冷蔵庫に入っている解凍済みのサーモンを焼き上げる。更にスクランブルエッグを作っておかずは完成だ。今回は米を炊いている分、時間が余っているので味噌汁を作ってしまう。
こんなにも時間に追われることなく朝食の準備が出来ていることに、異世界に来た有難さを感じずにはいられない。本来だったら今日は朝から忙しく、最近更にきつくなってきたスーツを着込みながら、急いで会社に行く準備をしている頃合いだろう。
思わず鼻歌を歌っていたようで、上機嫌な自分をメルヴィは不思議そうな目で見つめていた。
「できたよー」
「ありがとうございます……すごい豪勢ですね。なんですかこの量」
「ん?普通じゃない?バランス的にはもう少し野菜は増やした方が良かったかもね、あとフルーツが欲しいかな」
実際フルーツや野菜の在庫はあるのだが、現代の自分の冷蔵庫にあった分しか反映されていないので、量としてはかなり少ない。こんなことになるんだったら、買い出しをしておくべきだったと、全くもって意味のない後悔が出てきた。
「いやいや、王侯貴族ですか?」
「え?だから違うよ、会社員」
「それは聞きましたけど……。この量を朝から食べるなんてかなり裕福じゃなかったら無理じゃないですか。ここの王国の国王でさえ、この量の食事は食べれていないと思いますよ」
「そうなのか……。まぁ、気にしないで遠慮せず食べてくれ」
昨日の今日で、メルヴィがいきなり普通の食事を出来るとは思っていないので、ごはんとスクランブルエッグに使う卵と味噌汁のみそを使い、昨日と同じく卵粥を作った。それに味噌汁と魚を付けているので十分だろう。
どうやらメルヴィは箸を使ったことが無いようなので、途中でスプーンとフォークを渡した。魚をフォークで食べるのは難しそうだが、現実の家にナイフなんてものは無かったので、それが反映されてこちらの世界でも入っていなかった。
彼女の様子を見ているとこちらの心配に反し、器用にスプーンとフォークを使い、魚を器用に食べ始めたので一安心する。
「ごちそうさまでした」
「はいよー」
「今日は何されるんですか?」
「今日はね…えっと背中の日だね」
メルヴィに背中の日と言っても通じる訳もなく、初めて聞いた言葉に困惑しているが、別の理由でそれはこちらもだった。
いつもであれば会社に行って、帰り際にジムに寄り、家に帰って食事を取ったら、家の中の掃除をして風呂に入って寝る日だ。つまり、仕事をしている時間が空いているので、約9時間にわたりやることが無い。
その時間を何に使おうかと考えていると、メルヴィの声で現実に引き戻された。
「背中の日?背中???」
「あぁ、筋トレだよ」
「筋トレ?」
「体を鍛えているんだ」
「はぁ、やはり騎士とか王族「じゃないよー」」
「メルヴィも、一緒にやろうか?」
「……はい」
明らかに乗り気ではない顔だが、彼女を放置したまま筋トレするのも申し訳ない気持ちがある。
体感だと朝の9時半ころから始まった背中トレは、教えながら2時間半かけて普通に追い込むことが出来た。
デッドリフトのセットから懸垂にベントオーバーロウにワンハンドロウ、インクラインダンベルロウとシュラッグ、ほぼ全てを網羅して行った。
メルヴィも必死についてきたので、面白くてついつい一緒に追い込んでしまった。その結果、トレーニングが終わった後少し機嫌が悪いような気がした。
「はい、じゃあこれ飲んでねー」
「……なんですか?これ」
「プロテイン。タンパク質だよ」
「プロォ……タン???え?」
「体を作って、筋肉を作る素材だね」
多分この世界は、栄養素とかの概念が希薄なのだろう。彼女の反応を見ていても、どういうものか分かってい無さそうだが、自分があっという間にプロテインを飲み干したのを見て口を付けた。
「なにこれ……美味しい」
「だろぉ?最近のプロテインはすごいんだよ!一昔前までは……まぁいいか」
自分が好んで飲んでいるのは甘い系統のプロテインなので、この世界ではデザートの様なものになるのだろう。メルヴィが自分の言葉に耳を傾けることなく、プロテインを飲み干すころには機嫌は元の通りになっていた。
「こんなおいしいもの初めて飲みました!甘い!おいしい!」
「それは良かった」
「もう一杯飲んでも?」
「昼食と夕食の間くらいでな」
体重は予想するに40kg前半……下手したら30㎏台だ。自分と同じ量を飲んで、タンパク質を摂取する訳にもいかないのだが、楽しみを見つけたような彼女の目と、やせ細った体を見て考え直した。
今はメルヴィの健康のために、体重を増やしていくべきだろう。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。