5.ダークエルフ
「別に……話すことなんてないですけど」
「うーん、じゃあ君の名前は?」
「メルヴィです」
「メルヴィ、いい響きだね」
「そうでしょうか?はじめて言われました」
「いいと思うよ!えーと、あとはメルヴィは何歳なの?」
ここまで口に出して「しまった」と思った。いくら子供と言えど女性に年齢を聞くのは失礼だ。それに年齢を聞かなくても大体風貌から予想できる。恐らく15~16くらいだろう。
「……45です」
「いやごめん、また失礼な事きい……え?」
45と言ったら自分の20は上じゃないか!自分の予想の三倍の年齢が飛び出してきた。聞き間違えたか、自分が余程目が悪くなったかだ。思わず目を擦ってもう一度メルヴィを見てみるが、明らかに45には見えない。
「45って言った?」
「はい」
「からかってる??」
「は?んな訳無いじゃないですか」
「でも、明らかに45には見えなくて」
顔の肌のきめ細やかさとハリは、自分がもう既に失ってしまったものだ。ここに来たときの栄養状態を見ると、肌の手入れなどしている余裕はない筈で、だとしたらこれは若さだとしか思えないのだ。
「いや、ダークエルフとしては普通ですよ」
「ダークエルフ?」
「っえ?知らずに接していたんですか?」
「えーっと……エルフとダークエルフの?」
「そうですよ」
「ていう事は、長寿とかだったり?」
「そうですね。12までは人間と同じペースで成長して、そこから100歳までは徐々に20歳の見た目になります」
「ほー!なるほど!」
「ダークエルフを知らないとは、珍しいですね」
「メルヴィが初めて見たエルフなんだよ」
「まぁ……そういう人もいるのかな?」
ファンタジー物語の中でしか聞いたことのない種族を目の前で見る事になり、ここが異世界だという事を再実感した。エルフと言えば尖がり耳だと思うのだが、彼女の銀色の髪に隠れてみることが出来ない。
まじまじと自分を珍しそうに観察され、メルヴィは居心地悪そうに話し始めた。
「質問はおわりですか?」
「いや!まだ!君はこんなところで何をしていたんだ?」
これが一番聞きたかった、大事な質問になる。この問いにメルヴィは中々答えを出さない。
「戦争です」
「戦争?」
「私はここの南、岩山と森が混在する場所に住んでいたんです」
そこから一つ一つの出来事を噛みしめるように、メルヴィはこの世界と自分の身に起きたことを語り始めた。
この大陸には大小さまざまな国が存在しているが、国家間では様々ないさかいが常々発生していて、特に今は南にある教国と、ここら辺一帯を支配する王国が戦争をしているらしい。徐々に激しさを増したその戦いは、状況を打開したい南の教国が、中立の立場でどちらの軍も通さなかったメルヴィの集落があった森と岩山を、襲撃したそうだ。
もともと大した勢力でもないダークエルフの集団は、北へと追い立てられ王国に助けを求めた。だが、岩山に囲まれ元々裕福ではなく、自国民を食べさせることにさえ悪戦苦闘している王国は、彼女たちダークエルフを支援をすることが出来なかった。
王国の一番南にある城周辺にキャンプを張っていたメルヴィ達は、更に半年後に教国の攻撃を受けた。大半の者達に逃げる力は残っておらず、動けるものが散り散りになりながら逃げたそうだ。そのうちの一人がメルヴィであり、2週間ほど水しか口にせずここまで来たそうだ。
「という事情があって、家族や知り合いが何処にいるか、そもそも生きているかさえ分からないのです」
「それは、大変だったな……」
「ここに来られたのは幸運でした。助けていただいてありがとうございます」
「いや、当然のことをしたまでだよ」
平和な日本で生きていた自分にとって、全く想像もつかないような状態だ。もしメルヴィがここを見つけることが出来ていなかったら、彼女も危うかった。
「事情は分かった。とりあえず、ここでゆっくり体を休めていくと良い」
「ありがとうございます」
「メルヴィがここを出て行きたくなった時に、出て行ってもらって構わない」
ゆっくり深く頷く彼女の表情は、直ぐに追い出されず、寝る場所と食事に困らないことに安心したような表情だった。
「今夜はあっちの部屋にベッドがあるからそれを使ってくれ」
「え?でも」
「俺はここで寝るから」
「いや、本当に」
「はい、じゃあお休み。また明日」
そう言って彼女をまだ一度も寝転ぶことの出来ていない、自分のベッドがある部屋に押し込んだ。そして自分はヨガマットと、キャンプに使った寝袋を使って適当に床に寝ればいい。
寝る準備をして頭の中で女神を呼び出す……が、中々出てこない。ポンコツ女神呼ばわりしてもだ。
「仕方ない。おーい変態女神!筋肉がいい感じだぞ!」
『本当か!?』
このヘンテコ女神は本当に……
『ヘンテコ言うな!』
「姿は見せないのか?」
『私がそっちに姿を見せたら、降臨だなんだと大騒ぎだからな』
「それもそうか」
『こっちは忙しいんだ!脱がないのなら戻るぞ!』
「おい!待て!聞きたいことがある」
『筋肉の事か?』
「違うわ!この世界戦争だらけらしい上に、飢えている人もいるぞ」
『当たり前だろ?それが世界だ』
「女神が管理しているんじゃないのか?」
『してるけど干渉はしない。君のいた世界は戦争も飢えも無かったのか?』
「……いや、あった」
『そういうこと、用事はおわり?じゃあね。次はしっかりいい筋肉になったら呼びなさい』
「あ……」
なんとなく、もう女神は自分の声を聴いていない事がわかる。
寝袋に包まりながら「この世界で自分は本当に、筋肉を鍛えるだけでいいのだろうか」と答えのない問いを頭の中が回り続けた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。