4.美少女
「あのー、すいません」
シンクで食事の後片付けをしていたところに、唐突に話しかけられた。だが、さっきまでと違って今回は驚かない!少女が居ることは分かっているから!
「どうし……うわぁぁぁ」
振り返ったところにタオル一枚の少女が居れば、どう頑張っても驚いてしまう。振り返った勢いでそのまま一周して元の体勢に戻った。
「えーっと、ごめん」
「え?はぁ」
「ナニカアリマシタカ?」
「どうやったら風呂に入れる?」
「ん?え?」
「使い方が分からない」
「あーーー、ごめん。教えるね」
分からないのは当たり前だ。理屈は分からないが、現代の風呂場なのだ。こっちの世界の住人が分からないのも致し方ない。
浴室に向かっている自分の後ろを、ペタペタと付いてくる足音がする。なるべく少女を見ないようにしているが、彼女に申し訳ない事をしてしまったという後悔の念が襲い掛かってきた。
「えーと、これがシャワーで、ここを捻るとお湯が出る。それで浴槽は……」
浴槽を覆っていた蓋を取り外しながら、シャンプーやボディーソープの説明をしていくと、少女からは「ふんふん」とかわいい相槌が聞こえて来る。少女がどういう表情をしているか、確認することはできないが、先程の事を怒ってはいない様だった。
一通り説明が終わったところで浴室を出て、着替えを用意し、元の作業に戻った。
しなければいけない作業をしてソファーに座ると、暇を潰す方法が無くて困った。今まで自分がどれだけ暇つぶしをスマホに頼っていたかが分かる。特にやることもないので、あの少女をどう扱うべきなのかを考えることにした。
そも、見た目は現代の感覚で言えば15くらいだった。
ということは、今私を俯瞰してみてみると、非常にまずい状態なのではないだろうか?いつこの世界の警察?的なものが踏み込んできて、誘拐犯として逮捕されてもおかしくない。
”まずいまずいまずい”と立ち上がり一通り、部屋をうろうろしてみるが一向に解決策は思い浮かばない。”取り敢えず家に帰ってもらおう!”そうするのが一番良いだろう。
「なにしてるんですか?」
消して広いとは言えない部屋の中を20周はしたところで、少女が風呂から出てきたみたいだ。サイズの合わないダボダボのスウェットを着た色黒の美少女が立っていた。泥だらけだったさっきまでとは打って変わって、随分と清潔感のあふれる感じだ。
「どうしました?」
「あ、いやいや。なんでもない!すっきりできたかい?」
「えぇ、いつ振りか分からない湯あみで、とてもすっきりできました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あんなお風呂、初めて見ました。しかも石鹸まで」
「ん?そうなのか?」
「えぇ、失礼ですがどこかの貴族か、隠居された魔術師とかですか?」
「え、あいや、全然普通の会社員です」
「カイシャイン?聞いたことありませんが、こんな立派な家に住めるとは……すごい仕事なんですね」
貴族や魔術師なんておとぎ話でしか聞いたことのない言葉が、少女の口からスラスラと出て来るので思わず、普通に受け答えしてしまった。”会社員”も知らないという事は、自分のいた世界とは社会構造自体も違いそうだ。勉強になった。それはそれとして
「すごく、はないんだけど……えーっと、ところで帰る場所はどこ?親御さんとかは?」
「え、いやーその」
「それか近くの町でもいいし、送るよ?」
こちらの喫緊の課題は、如何にこの誘拐犯と間違われる状況を回避するかだった。だが、こちらの問いかけに少女はうつむいたまま、答えを出さない。
大人になると一回り以上年下の子供との会話は、なにを話せばいいか分からない恐怖心の方が強い。ましてやここは異世界なのだ、なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと戦々恐々としていると、やっと少女は顔を上げて喋りはじめた。
「帰れません」
「家がないってこと?」
「家もないですし、家族もいません」
「えーっと、申し訳ない事を聞いた。親戚とか、頼れる知り合いとかは?」
また俯き気味にかぶりを振る少女をみて自分の無神経さを恥じた。そもそもさっき彼女がここに来た時、飢えている上に格好はボロボロで、何日も風呂に入っていない異臭を放っていたではないか。ということは、そういう環境を生き抜いてきたという事だ。現代の家出のような感覚で聞いてしまったが、もっと深刻な問題があるのかもしれない。
「こっちが無神経だった。申し訳ない」
「いえ、いいんです。この世界では、よくあることですから……」
「じゃあ、お互いの自己紹介から始めよう。まずは私から」
違う世界出身だという事はもちろん隠して、名前や年齢だったりの当たり障りのないところから始めた、趣味として筋トレの事を話したところで、少女はまたもや不思議な顔をした。
「武術とか、剣術とかじゃ無くて、筋肉を鍛えるんですか?」
「そうだ」
「ふーん?」
あまり納得していない顔だ。この顔は、同僚や仲良くなれそうな女の子だったりに散々されているので、もはや傷つかない。
「こんなところかな。では君のことについて教えてくれないか?」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。