3.幽霊?人?
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
絶叫した勢いでそのまま部屋の端まで走りこんだ。
今絶対誰かが窓からこちらを見ていた!確かに目が合った!
「おい!女神!この世界に幽霊はいるのか!?!?」
「………」
「おい!ヘンテコ女神!」
「………」
あのヘンテコ女神からは何の返答もない。自分の声を聞いているとは思うが、多分無視して楽しんでいる気がする。
怖いのは苦手だ、振り向くことが出来ない。
部屋の角で壁紙を見つめて、どれくらいの時間が経ったかは分からないが、いい加減大丈夫だろう。幽霊がいたとしたら、あまりの怯え具合に去ってくれているに違いない。
意を決してゆっくりと振り返ると、もう窓にこちらを見つめる目は存在しなかった。
ホッと胸を撫で下ろし、食卓に戻り作った料理に手を付け始める。食事が少し冷えてしまっているが、まだおいしく食べることが出来そうだ。
まずは肉から。
「うめぇ。最高だ」
減量する為にずっとヘルシーな食事をしてきた甲斐があった。この至高の一口目の為に、生きていると言っても過言ではない。口に生姜焼きが残っている内に、大量のご飯をかき込み堪能する。
「んふぅ」
自然に声が漏れてしまう。
俺はケト(ケトジェニックダイエット)派だ。減量では大好きな白米を封印しなければならない。苦しみを乗り越えた先にある、白米解放の瞬間に声が出てしまうのは仕方ない事だろう。
あっという間にどんぶり飯を平らげて、おかわりの為に席を立った。二杯目だがてんこ盛りにしたことによって、鍋に三合炊いた白米がなくなってしまう。
もう1合くらい炊いておけばよかったと、後悔しながら食卓に戻ると何故かまた視線を感じる。その方向がさっきより深刻だ。明らかにマイジムと居住スペースを繋ぐ扉の所から感じるのだ。
確かに閉めた筈の扉が開いていて、ジム側の光が差し込んでいた。
自分がごはんに集中しすぎて締め忘れただけに違いない。それ以外ありえない!
ゆっくりと視線を上げて、視線を感じた先を見る。
「……………」
人は驚きすぎると声が出ない。確かに人がそこにいた。
確かに目が合っているが、どこかうつろな目をしたその人は何かを伝えたそうに、こちらを見ている。話しかけてこの世の未練とか聞いたら、帰ってくれるだろうか?いや、頑張って聞くから帰ってほしい。
「こ、ここんばんは。何か思い残したことがあるんですか?」
「……お腹、お腹が減った。もう限界」
この幽霊はお腹が減っているらしい。飢餓で死んでしまった幽霊だろうか?確かにその少女はやせ細っていて、今にも倒れそうな顔をしている。いや死んでいるのだからそれはそうか。
必要カロリーが取れなくなるから、本当は食事を渡したくないが致し方がない。自分の椅子に座るように誘導すると、幽霊は静かに着席した。だが、手づかみで食事を始めようとする幽霊に、確かな違和感を感じる。死んでいるはずなのに、後ろに立っていると体温を感じるのだ。
「なあ、君、生きてるのか?」
こちらの問いかけを無視して、食事を始めようとする少女の腕を掴んだ。
掴めたという事は幽霊ではない、本当に飢えている人だ!
少女は久しぶりの食事を邪魔されたことで、明らかに敵対する目をこちらに向けて、腕を振り解こうとしてくる。だが、彼女が必死に振り絞った力だろうが、衰弱しすぎてびくともしない。ここは驚かさないように、落ち着いて話そう。
「待て、待て!落ち着いてくれ。別に君の食事を邪魔したいわけじゃない。その様子だと、しばらく食べれていないんだろ?」
コクリと頷く少女の反応を確認して、話を続けた。
「いきなり大量のモノを食べると、死んでしまう。君の為に料理を作るから少し待ってくれ」
自分の言葉をゆっくりと咀嚼して、納得したようだ。腕の力が弱まった。
押さえていた手をゆっくりと離し、彼女の目の前から料理を撤去した。代わりに胃をびっくりさせないための白湯を置いておく。コーヒーの為にお湯を沸かしておいてよかった。
彼女がゆっくりと白湯を飲んでいる間、白米を半分鍋に戻して、お粥を作り始める。栄養を考慮して卵粥。その卵粥に味噌を入れるのが自分流だ、これで塩分も取れるだろう。ヘンテコ女神が一通り、調味料を用意してくれていることに感謝しながら、調理を進めた。
「どうぞ。暑いから気を付けて」
彼女は目の前に出された卵粥に、こちらの注意も聞かずがっつき、時々「ハフッハフッ」と熱さを冷ます声が聞こえる。その様子を見てこちらも残りの生姜焼きを片すことにした。
「ありがとうございます」
「ぼうびだじまじで」
後ろで静かに残りの生姜焼きを食べていた為に、モグモグと口を動かしながらの返答になってしまった。こういう時に限って、口の中の物がなかなか飲み込めない。
食事を取ったら次にすることは…
「うーん、どうしよう。とりあえずお風呂でも入る?」
少女の驚いたような表情に、なかなか気持ち悪い発言をしたことに気が付いた。なんせ土埃や汗やなんやらで服が汚れて、なかなかの臭いを放っているのだ。事情を聴こうにも、一緒の空間にいるのは中々厳しいものがあった。
「お風呂があるんですか?」
「あぁ、あるよ。着替えはないから、自分の物を置いておく」
「入らせてもらいます」
「そこの奥だから」
「はい」
どうやら彼女が驚いたのは、自分の発言ではなく、風呂があるという所だったらしい。いきなりセクハラするおじさんとして認識されては無さそうだ。少し安心した。
それにしても彼女はこんな森の中で何をしていたのだろう。餓死寸前でここら辺をうろついているという事は、頼る先がないのだろうか?そもそもこの世界はどのような状況なんだろうか。
と、疑問が尽きなかった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。