2.マイジム
強い光が収まり、目を開くとそこは森の中だった。
目の前を流れている小川に近づき、水面を覗いてみると魚たちがちらほらと見える。自分がいた世界と同じような風景に、さっきまでの事が自分の妄想なんじゃないかと思うくらいだ。だが、それを否定するように対岸の木の下には、角が生えたウサギがこちらを見つめている。
そのウサギから目を離さず頬をつねってみたが、ジンジンと痛いので本当に転生したのだろう。
周辺を暫く歩き回ってみたのだが、ひとつ問題があった。
女神が用意してくれると言っていた”マイジム”がない。
1時間ぐらい歩き回ってみたが、全く見当たらないので本当に困った。これでは普通に森の中で遭難したマッチョではないか。
「あのヘンテコ女神、変なとこに落としやがって」
『誰がヘンテコ女神じゃ!!』
頭の中でいきなり声が響き渡ったので、体が飛びあがってしまった。
「いや、いるのかよ!」
「こっちだって今面談中で忙しいってのに、ヘンテコ女神呼ばわりされたらそりゃ出て来るでしょ!」
「いや、いきなり何もない森の中で出されたら、そらヘンテコ呼びするでしょ!」
「えっ、何もない森?……ホントだわ、ごめんなさいねー」
「えぇ」
「えっとね、今左に見える川をそのまま下流の方に1時間歩くと、あなたのジムがあるわ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
このまま1時間とは、なかなか遠い場所に出されたみたいだ。ヘンテコじゃなくてポンコツかもしれない。
「ポンコツ言うな!この広い世界ではほぼ誤差じゃ!じゃあ、忙しいから筋肉がもっと良くなったら呼んでね。その時は見にいくわ」
「はい…」
その後は、一切女神の声が聞こえなくなったので、ひたすら川の下流まで歩いた。
女神が1時間と言ってたのは全然嘘で4時間はかかったと思う。遠目に建物が見えた頃には、昼くらいの位置にあった太陽が、既に落ちかけていて、周囲は夕方の暗さだった。
おそらく自分のジムであろう建物に入ると、思わず「おぉ」という声が出た。
そんなに広くはないが、入ってすぐに要求した全ての器具が一列に並んでいるのが見えた。その向かい側には壁一面の大きな鏡まである。そしていい感じのライティング。
普段使っていたジムのイメージで言ったものを、そのまま実現してくれている。うれしい限りだ。
その奥の扉を開けると、自分のアパートをこちらの世界で再現したような感じになっていた。電化製品とかは流石にないが、ガスコンロだったりがかまどになっていてキッチン完備だ。
これが夢にまで見た”徒歩0秒のマイジム”という事に思わず笑みがこぼれた。
・・・ガチャン、ガチャン
「良すぎる…」
これからの事なんて頭の片隅にも置かず、ひたすらに追い込み続ける。
予定ではオフの日だが、目の前に存在する念願である”自分の”筋トレ器具を目の前に、追い込まないトレーニーはいない。
いつも通りの胸トレが終わった。
いつもかかる時間で言うと1時間40分経っているはずだ。どこから電源を取っているか分からないライトが、いい感じに体を照らして陰影を濃くしてくれているが、如何せん体を動かした分、体が汗でテカテカのベタベタだった。
取り敢えずシャワーを浴びたくなって、来たときに確認した風呂場に来たが、ここも自分がいた世界のモノを再現してくれているらしい。構造は分からないが普通にあったかいシャワーが出てきた。
「女神様様だな!」
社畜からも解放されて、更には自由に使えるマイジム
「いやーありがたや!ありがたや!」
一応こうして口に出しておけば、ポンコツ女神にも伝わっていると思うので、感謝の気持ちだけはしっかり言葉にした。
「おっ!あるじゃん」
いつもの場所にタオルと着替えが仕舞ってあるが、若干生地が荒くなっていて異世界仕様のようだ。Tシャツやタンクトップなんかも若干生地が荒い。
あとの課題はプロテインなのだが、いつもの場所にあってほしいところだ。
ーーガラッーーーカチャーーーカチャ
「流石に量はないか」
シンクの横の物入れを確認したところ、壺の中に新品のメイプロが5㎏あった。一応3~4か月は持ってくれるだろう。大事に使って食事で不足分のたんぱく質を補えば半年といった所か。
壺を手に取って今日の分を溶かして飲もうと、鉄製のシェイカーを手に取った。
「普通だな…」
中身は普通のメイプロだ。メイプロのバニラ風味。
汗をかいてのどが渇いた分、一気に飲み干した。そういえば今日一度も飲み物を飲んでもいなかったし、食事もとっていなかったことに気づいた。空腹は筋肉の敵だ。この世界だと大会とかも無さそうだし、異世界にいる間はバルクアップに集中しよう。
「そうなると、日に5000kcalは取りたいな」
冷蔵庫?(中は冷たいし冷蔵庫な筈)と思われるものを開き中の者を確認すると、それなりに物が入っている、卵、鮭、鶏むね、ブロッコリー。
だが減量しているわけでもないのに、これでは味気ない、冷凍庫の段をしっかり探ってみると、大会終わりに食べようと思っていた大量の食べ物が、もちろん異世界仕様の包装で入っている。
あとは米だが、炊飯器はなさそうなので鍋で炊くことにした。
そして冷蔵庫にあった諸々の食材を調理して完成したのが、肉と野菜を堪能できる料理!生姜焼きだ!そしてそれに合う白米!
目の前にある料理の匂いが、湯気に乗って鼻孔をくすぐった。前世の減量期間を含めたら、5か月ぶりくらいのまともなご飯を目の前にして、よだれが滴って来る。
「いただ・・・」
どこからか見られている気がした。
明らかに視線を感じる。
ゆっくりと……後ろを振り返ってみた。
「うわぁぁぁぁぁ」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。