令和9年のバレンタインくん ~転生したら前世が変な祭りのダシにされてた~
東京・麻布。小綺麗にまとまった街の中を、奇妙な3人組が練り歩く。
「鬼は~外、鬼は~外!」
「福は~内、福は~内!」
先頭を行くのは“年男”。煎り大豆、いわゆる「豆」を撒きながら、鬼を追い払う。
その後に“福娘”が続く。こちらは豆を撒きながら幸福を呼び寄せ、各家庭にお裾分けするという。
和装の美男美女による豆撒きに、思わず振り返る観衆たち。だが問題はその“後ろ”だ。
小麦色をはるかに通り越し、焦げ茶色に塗られた肌。両の目は大きく見開かれ、血走っている。
乱れた黒髪に、よれよれの黒い着物、ぼろぼろの草履。
そして、右手で激しく杖をついている。「止まると○ぬんじゃ~!」とでも言わんばかりに。
そんな様子のおかしい青年が、がに股でドシドシ地面を踏みしめながら、美男美女の後についていく。
「あ゛~~」
「い゛や゛、い゛や゛~~」
「こ゛わ゛い゛~~」
それを見た幼子たちが、次々に泣きはじめる。
「モットモォッ! モ~ットモォォォォッ!!」
しかし彼は止まらない。独り絶叫する不審者が、会場じゅうの耳目を集めつつあった。
といっても、大半は機械のもの。人々の意識が画面の中にあるのは、言うまでもないだろう。
――令和9年(2027)2月14日、日曜日の昼下がり。「東京・ながさき交流フェスティバル」での一幕である。
◇
青年の名は、馬連 大夢という。16歳の九州男児だ。某県立高校の1年生でもある。
「まぁ、あんな美男子が“モットモ爺”なんて……」
「もったいないわね~……」
などと言われることもある。気にしたことはないそうだ。
(同じ2月なら、お菓子を山盛り貰うより、こっちのほうがマシだ。というか、豆撒きでお菓子も祓えないかな……?)
彼には“前世の記憶”があるらしい。「ウァレンチヌス」という、ずいぶん昔の外国人の記憶だ。
事実かどうかは、誰にも分からない。なにせ二千年ぐらい前の人だ。誰もそんなに長生きできない。確かめようがない。
◆
大夢の記憶によると、ウァレンチヌスはごくごく普通の人だという。
それが小さな田舎村で神父をやっていたのは、貧乏くじを引いただけである。誰もやりたがらず、数合わせで押し付けられたようなものだ。
「結婚するのか、俺以外のやつと……」
「おいやめろ、気持ち悪いジョークだな」
「ハハハ、すまんすまん。結婚おめでとう!」
「おう、ありがとよ」
妙に現代日本的なジョークはさておき、ウァレンチヌスには友人がいる。この度めでたく結婚するというので、友人宅で酒盛りをしていた。
「ところでよぉ、坊主が酒飲んでいいのか?」
「気にすんなよ。“人は聖書によってのみ生きるにあらず”、ってな」
「ヘヘッ、それもそうか」
神父なのに聖書はうろ覚え、不謹慎なもじりも辞さない。 ……いや、聖書に限らず、彼は万事この調子であった。
「村で唯一の4男坊だから」
「どうせ跡継げねぇんだろ?」
などと言って押し付けた村人たちも村人たちだが、気持ちは分からんでもない。
「たがよぉ、このクソ忙しいときに戦争だぜ? お上は何考えてんだか……」
「バックレりゃいいよそんなの、式挙げちゃえ。俺も協力するからさぁ」
「バレたら処刑だぜ? いいのか?」
「バレへんバレへん、どこの偉いさんがこんな田舎まで……」
「……お前がそこまで言うなら、一丁やるか!」
で、普通にバレて、2月14日に処刑された。それだけの話だ。
……だったはずなのだ。
◇
それがいつ、そうなったのかは分からない。
だがとにかく、時代は下る。ウァレンチヌスは英雄、いや聖人になった。
「……“国に逆らってまで、愛を守り抜いた男ぉ”!? 初耳だよ!! しかも古代ローマで?? 兵士たちが何だって???」
転生したウァレンチヌス、いや大夢はひっくり返った。たしかに話が違う、誰だコイツ……?
過大評価もいいところだが、まだ喜げk……悲劇は続く。
「あの……受け取ってください!」
その台詞を、彼は何回聞いただろうか。
物理的にも時代的にも遠く離れた異国の地で、彼の命日は“変なチョコ祭り”と化していた。
歴史は残酷だ。
「同じ“2月の焦げ茶色”なら、まだモットモ爺のほうが意味分かる……何だこれ…………」
毎年毎年、節分の実家にやってくる不審者を連想しながら、彼は頭を抱えていた。
……待て、アレの意味がわかるのか?
◇
「鬼は~外!」
「福は~内!」
「モットモォォォォォッ!」
ともあれ、3人組は突き進む。まだ雪が残る東京を。
「これがホントのホワイトデー」
そう間違えそうな、2月14日を――
お読みいただき、ありがとうございます。
あと地元の方、ごめんなさい! m(_ _)m