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かめのこ

『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』は文学フリマ等で入手ください(だいたいKaguya Planetのブースにあるはず)。

(ユニ男の日記より抜粋)


 五月某日 晴れ 二十度


 動物園内で日課の散歩をしてたら、熱帯館の亀のコーナーにガキがひとりしゃがみ込んでいた。 

 今日は平日だ。日本にスパルタの兵士の数と同じだけある奇習のひとつ、ゴールデンウィークはとっくに終わっている。ガキがひとりで居るのはあんまりよろしくないだろう、と思った。

「おい、ガキ。幼稚園はどうした?」

 ガキはこちらを見上げた。この動物園で一番高貴な存在であるユニコーンであるところのおれを見ても顔色ひとつ変えない豪胆さ。将来が楽しみだ。

「おやすみ」

 悪びれる様子はなかった。つまりこのガキは意志を持って動物園に入園している。

 いろいろな可能性を考えてみた。今どき徒歩通園ってあんのか? とか(多分ない)、園から脱走してきたのか? とか(しかしそれならこっちにも連絡が来そうではある)。

 あんまりここにずっと要られるのも困るので、とりあえず背中をすすめたら素直に乗っかってきた。とりあえず事務所に行く前にヤツをつかまえておこうとおれの部屋のほうに向かってみると、この日記を読まれていた。

「は? おいお前、勝手に読むなよ」

「あ、落ちてたからつい」

「サイドボードの上にきちんと置いてあっただろ。それを、落ちてたって言い張るつもりか?」

「はいはい。やめたらええんやろ。うるさくてかなわへんわ」

 ヤツはこの日記を乱雑にサイドボードに置いた。こいつにはモラルってもんがないのか? 公務員のくせに……。自分の手から離れた瞬間、日記のことはどうでもよくなったらしく、おれの背中の上のガキに駆け寄った。

「何なん、この子。あんた、ついに犯罪に手を染めて……」

「アホ言うな」

 保護に至った経緯を話すと、ヤツがちょおごめんな、と言って鞄からぶら下がるパスケースをいじくりはじめた。……パスケース?

「失礼なウマやなあ。幼稚園生ちゃうやんなあ、きみ」

「え。こんな小さいのに?」

「同志社小の制服やし、これ。ほら、ICOCAも山科から国際会館まで。毎日大変やねえ」

〈裂け目ポケット〉(メモ:そろそろ中の整理をすること)から端末を取り出して検索すると、確かに同志社小学校の制服だった。ということは、山科から来て、蹴上で降りてここまでやってきたのか。入り口で止められなかったのだろうか。

「おい、この学校、子どもが校門を通過したかどうかをICチップで管理して、何かあったら親御さんに連絡がいくらしいぞ」

「ほんま? じゃあ今ごろ国際会館駅のあたりが大騒ぎになってそうやな」

「呑気に言ってる場合かよ……」

 ヤツが内線で事務所に宛てて子どもを預かったという連絡をしている間、おれが端末で同志社小に電話を掛ける。普通は逆だ。しかし、ヤツに任せると誰も望まない方向に話がこじれる可能性があるので心を殺して番号を打ち込んだ。

 まず最初に、本日の同志社小は学校行事の振替休日、ということだった。ほう? そして、この格好を見るに、親御さんは十中八九、登校日だと思っている。連絡を試みてもらったが、夫婦共働きの家庭とのことで、繋がらないようだった。緊急連絡先もあるにはあるが、九州。ひとまず先生が迎えに来てくれることになった。

 電話の内容を伝えると、ヤツは「振休か! どおりで小学生くらいの子どもが多いと思ったわ」とのたまった。

「何でそれを知ってて言わないんだお前は」

「いやあ、離婚間近のファミリーがぎょうさん思い出作りに来とるんかと思っててん」

 そういうときはユニバとかに行くんじゃないか? と思ったが、口を閉ざした。市役所から来ている部長(つまりヤツの上司)と園長が走ってくるのが見えた。

 その場で協議をした結果、とりあえずおれと園長が子どもに付き添って園内を見せることになり、部長はヤツを別室に連行していった。聞いたところによると、こっぴどく叱られたらしい。

 園長は絵に描いたような「食えないジジイ」だ。現役時代は市役所の中枢でバリバリ烈腕を振るっていたらしい。園長として着任してからは「やってみなはれ」的な姿勢でやる気のあるディレクターの施策を続々と採用しつつも、一癖も二癖もあるスポンサー・寄付者や環境省の役人等を相手にしても如才なく立ち回っている。

 ガキを相手にしても、そののらくらとした鋭さは変わらなかった。

「けさはだれか友だちといっしょだったの?」

 どうやって入った、とは訊かず、共犯めいた雰囲気を出す。そうすると素直に答える。

 そんな調子でいろいろと聞き出したことを纏めると、つまりはこうだった──両親ともに振替休日の存在を忘れているようだったから家を出た。沿線上でいちばん子供だけで来ているグループがいそうなのは動物園だと思った。そして実際、縦割り行事の上級生がたまたま入口で群れていたから、一緒に入れてもらった。

 なんちゅうガキや。

 やがて熱帯館のところまで来るとおれの背中から降りて、またカメの前で座り込んだ。

「ユニ男さん、私はそろそろ来客の対応に参ります。職員に伝えますから、しばらくお任せしてもいいですか?」  

 園長がそんなことを言うので、おれは鼻を鳴らした。

「動物に迷子の面倒見させる気かよ。問題にならねえか?」

「ただの動物だったらね」

 乾いているカメの前にじっと佇み、水辺のカメを観察し、イグアナなんかと一緒に放たれている「野」を再現したようなスペースに移動し……というのを繰り返す。熱帯館は外よりちょっと暑い。熱中症が心配だったので〈裂け目ポケット〉から水のペットボトルを取り出して渡すと、ありがとう、と言って口をつけた。

「カメ、そんなに好きか」

「うん」

「渋いな。どうして」

「うちにいるから」

「ふうん」

 いやわからんわ、と思った。うちで自分の愛亀(なんて読むんだこれ……)を愛でてりゃいいのに、何でこんな持って回った方法で脱走するのかね。

 ガキはすぐに水を飲み干して、カメの観察に戻ってしまう。受け取った空っぽのペットボトルを〈ポケット〉に投げ入れる。おれも観念して、角がガラスに触れないよう気を付けながら隣に座る。

「学校は?」

「きらい。退屈。でもおかあさんもおとうさんも、行けってうるさい」

「おかあさんとおとうさんは何のお仕事」

「こうむいん」

「ゲッ……まさか、どっちも?」

「うん」

「それは……うん。仕方ないよ。観念して行っといたほうがいい。忙しすぎて、学校行って公務員になる以外の人生を想像できないぜ、やつらは。反抗するだけ無駄。徒労だ」

「わかってる。気にしてない」

「そうか」

 亀を見ていて思うのは、結構こいつら気ままでやんちゃだな、ということだ。甲羅干しをしてるような奴もいるにはいるが、基本的には「万年」と言われるような老成した落ち着きとは無縁だ。あと自分で降りられない場所に登ったり平気でする。元気すぎないか? 改めて見てみれば京都市動物園はカメの種類が異常に多い。

 そういう意味では公務員も、世間のイメージするお堅い感じとはだいぶ乖離している。むしろ世間の目を引かないように派手なことをしたり悪いことをしたりする術に年々長けていく。園長なんかが最たるものだ。ヤツもそうといえばそう。

 このガキの方がよほど落ち着いて見えた。

 早く大人になれよ。楽しいぞ。想像していた以上に騒がしい未来がきっと待ってる。


(厩を訪れて日記を盗み読んだ職員のコメントとそれに対する応答)

「何このキザなオチ。おっさんくさ、サイテー」

「あっお前また……堂々と読むな! あと日記なんだから何書いたって良いだろ!」

「日記文学いうもんがあるんや、美しい国・日本ニッポンには。でもこれは馬糞を拭く紙にうってつけやな」

「馬の尻を紙なんかで拭いてみろ。蹴られて死ぬからな」

「そや、今度のふれあい動物園でスピッツ歌わせたろかな……いや、ちょお待って。スピッツってもうアラ還の懐メロなん? なんか、ショック……事務所戻るわ……」

「マジで何しに来たんだお前」

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