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8.薄幸令嬢と屍食鬼(4)

 部屋に入ったとたん、安堵感からその場に座り込む。


 大和の「しつけ」に加えて、凄惨(せいさん)な現場に巻き込まれたのだ。肉体的だけでなく精神的な疲労も大きい。


 道すがら水を入れて持ってきた桶に手ぬぐいをつけ、首筋を洗う。


 桶の水は、すぐ血の色に染まった。


 鏡面が割れた鏡台で傷口を見ると、穴が二つ空いていた。


 首を飛ばされた屍食鬼(ししよくき)の口に大きな牙があった。その噛み跡だろう。いくらか血も吸われたようで、頭がくらくらしている。


 幸いなことに血は止まっていた。残り少ない傷薬を取り出して塗る。


 部屋に帰るときにすれ違った女中仲間が傷を見とがめ、古い包帯をわけてくれたので、それを首に巻いて、ようやく人心地ついた気がした。


 洗濯するために、汚れてしまった着物を脱ぎ、つぎはぎだらけの寝巻に着替えた。瑛人から差し出されたハンカチも洗わないといけない。


 血に濡れてしまった高級そうな絹のハンカチを手に、小さくため息をつく。


 これでは洗ったとしても汚れが落ちずに返せないだろう。


 新しく同じものを買って返すのが礼儀なのだろうが、小夜の手元にお金はない。


 旭はお小遣いをもらっているが、小夜が貰えるはずもなく。女中と同じように働いても、給金もない。


 どうしようかと逡巡(しゆんじゆん)していると、どすどすと乱暴な足音が近づいてきた。


「あなたに血清を打つようにですって⁉ 夜も更けてから外に飛び出して行って勝手に怪我をしたあなたごときにそんなことができるわけないでしょ! まったく、我が家に恥をかかせないでちょうだい!」


 ふすまが乱暴に開かれ、鬼の形相の菖蒲(あやめ)があらわれる。


「旦那様はあなたのことなどどうでもいいと寝てしまうし、あなたはあなたで軍人を連れてくるし、いったい何を考えているの!」


 振り上げられた手が小夜の頬を打つ。


 徽章(きしよう)を探しに出るようにと言いつけられた事は、なかったことにされているが、それもいつものことだ。


 言い訳をすれば折檻(せつかん)はよりひどくなる。


 歯を食いしばり、せめて口内を傷つけないよう気を付けながら菖蒲(あやめ)の平手を受け続けた。


「あなたはしばらく外出禁止です。花嫁修業に家のことをしていなさい」


 小夜の頬が真っ赤にはれあがた頃、ようやく菖蒲(あやめ)の気がすんだようで部屋から出ていった。


 いつもならば竹の鞭で、大和が「しつけ」を行う場所を叩いていた菖蒲(あやめ)だが、鞭は大和が折ってしまった。代わりのものが見つからず手を使うしかなかったようだ。


 鞭ではなく手を使う羽目になった菖蒲(あやめ)は、手が痛い、と忌々しそうに吐き捨てていた。


 扱いはともかく、霧城子爵の婚約者で華峰家の長女である小夜が、頬を真っ赤に腫らして外を歩いていたら外聞が悪い。しばらくは外に出されることはないだろう。


 両腕も、首筋も、頬も、どこもかしこもが痛かった。


 それでも、血に濡れた着物とハンカチを早く洗わないと。と洗い場に向かう。


 華峰家の女中のお仕着せである着物はこれ一着しか持たされていないし、ハンカチは返せないかもしれないが早く洗えば汚れも少しはましになるかもしれない。


 家中が寝静まったのを確認して、これ以上菖蒲(あやめ)の怒りに触れないよう、こっそりと裏に出て井戸から水をとる。


 冬の夜の水は冷たい。


 手がかじかむのも構わずに洗い続けた。



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