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5.薄幸令嬢と屍食鬼(1)

 竹の鞭が折れた頃、ようやく大和の「しつけ」が終わった。


 (そう)に部屋に下がるよう言われ、血を廊下に落さないよう気を付けながら向かう。


 自分の血が流れることは怖い。


 誰かに与えられる痛みが怖い、ということもあるが、小夜が血を流すたび、部屋や家の隅で黒いものが(うごめ)くのが見えるのだ。


 小夜の血が黒い影を呼び寄せることを知ったのはいつ頃だろうか。


 傷の手当もされず、放っておかれた腕を抱え、痛みに寝れずにいた日、小夜の腕に実態の定かではない黒い影が押し寄せてきたことがある。


 恐怖に固まる幼い小夜の前で、影は両腕を取り、血を舐めた。


 すると、とたんに黒い影は霧散し、闇夜に消えたのだ。


 そんな出来事が何度も起こるうちに、出来る限り血を流したままにしないように気を付けるようになった。


 消えてしまうとはいえ、小夜が血を流すたびに黒い影が集まってくるのを見るのは心地よい気分ではない。それに、血を舐めた黒い影が消えるたび、残された黒い影たちの敵意が小夜に向けられているような気がしてならない。


 黒い影は表立って小夜を傷つけることはなかったが、小さなものを隠したり、小夜の足をひっかけて転ばせようとしたりして困らせてくる。


 普段は無視しているが、小夜が血を流した日は、黒い影たちが色めき立つのが分かるのだ。


 黒い影に目を付けられないように足早に戻る。


 部屋には、わずかながらだが女中からもらった傷薬がある。


 毎月折檻(せつかん)されている小夜に同情してくれたのだ。


 残り少なくなった傷薬を、裂けた皮膚に塗り込み、古着を裂いて作った包帯を両腕に巻いた頃、旭が部屋に飛び込んできた。


「お姉様、わたくしの徽章(きしよう)を知らない⁉」


 徽章(きしよう)とは、小夜たちの通っている女学校の校章のことだ。袴につける用にバンド型になっているものとバッジ型になっているものがある。


 旭は、袴の色とバンド部分の色が異なることを嫌い、バッジ型を用いていた。


 その徽章(きしよう)を無くしてしまったらしい。


「知らないわ」


「そんな。わたくし、落してしまったのかしら。お姉様、探してきてくださらない?」


 黒い影を肩に乗せた旭の言葉に、ちらりと外を見る。


 外はすでに日が暮れ、暗くなっている。


 徽章(きしよう)のように小さなものを探すには不向きだ。


 そのうえ、昨今帝都では凄惨(せいさん)な事件が多くなっており、夜間の外出は極力控えるように女学校でも注意されていた。


 噂では、()(しよく)()という名の鬼が、夜な夜な出歩き、人間を襲っているらしい。


 なんでも、土葬したはずの死体が蘇り、生きた人間の血肉を求めさまよっているそうだ。


 教師たちは噂を否定しているが、噂好きの女学生の間で、まことしやかに広がっている。


「せめて……明るくなってからでは……」


「なにかおっしゃって?」


 喉を食い破られ血を抜かれた死体の話を思い出し、思わず旭の言葉に反論してしまったが、笑顔で睥睨(へいげい)する旭の言葉に口をつぐむ。


 旭の言葉は、お願いの体をしているが実質命令だ。断れば、菖蒲(あやめ)に言いつけられ大和の「しつけ」以上の折檻(せつかん)が待っている。


「探してくるわ……」


「ありがとう、お姉様。お姉様の徽章(きしよう)を借りようかとも思ったけれど、他人のものを身に着けるのって、気持ち悪いでしょう? お願いしてよかったわ」


 よろしくね。と優雅に手を振り、部屋を後にした旭に気づかれないようため息を落とし、使用人用のお仕着せに着替え、提灯を借り、暗くなった外へ出た。



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