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薄幸令嬢は吸血鬼を狩る者に愛される  作者: 中西徹


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40.薄幸令嬢、駄菓子屋に行く(3)

  峰子に送り出された駄菓子屋の外で、瑛人(あきと)と子どもたちが遊んでいる。


 外に据えられた木製のベンチに、駄菓子を食べる女の子たちと並んで腰かけ、瑛人(あきと)を眺める。


 楽しそうな瑛人(あきと)を見ているだけたころでも、ここに来たかいがあった。


 日が傾きはじめ、子どもたちがわらわらと帰ってゆく。


 まだ帰りたがらない子どもが瑛人(あきと)に抱きついて遊ぼうとせがんでいる姿を微笑ましく眺めていた。


 ふと、刺すような視線を感じた。


 視線をたどってみると、遠くのほうに旭のような女性がこちらを睨んでいるのが見えた。


「旭……?」


 季節はずれの日傘をさし、着物姿も華やかで、髪も綺麗に整えられている姿に酷い目にはあっていないことを知りほっと息をつく。


 瑛人(あきと)に知らせようとベンチを立った時、耳元に(ささや)くような声が聞こえた。


(お姉様一人でこちらにいらして)


 かなり離れた場所にもかかわらずはっきり聞こえた声に驚いて旭の方を見ると、遠目から見てもわかるほど美しく笑っている。


 旭は、あんなに美しい娘だっただろうか。


香月(かげつ)様に知らせたら、この辺り一帯の人を殺すわ)


 再び聞こえた旭の声に、ぎょっと目を見張ると、より一層美しい笑顔をこちらに向けてくる。


 そして、ふいに踵を返し、ついてこいと言わんばかりにその場からゆっくり歩き出した。


 このまま旭を見失ってしまえば、二度と会えなくなるかもしれない。


 旭の変化に胸騒ぎを覚え、心の中で香月(かげつ)に謝り後を追う。


 見慣れない町で、帰路を急ぐ人の間を縫うように歩く旭の後を、人込みをかき分け懸命に追う。


 追っている内に日は沈み、あたりはすっかり暗くなり、人通りが少なくなっていく。


 すっと通りを曲がった旭を追い、駆け足で道を曲がる。


 そこは袋小路で、奥に日傘をさした旭が立ち止まり微笑んでいた。


「旭‼」


 ようやく見つけた妹の姿に安堵し駆け寄ろうとした瞬間、背後から誰かに殴られその場に倒れ伏す。


「……っ」


「おや、これで気絶しないとは。不思議な血を持つ人間は体も頑丈ですね」


 くらくらする頭を押さえ、上体を起こすと、そこにはニヤニヤ笑う夜光の姿が。


「夜光様、これでわたくしはあの醜い灰色の化け物ではなく、不老不死の美しい存在になれるんですよね」


 小夜を肩に担いだ夜光に、旭が嬉しそうに駆け寄った。


「よくやりました。この女の血は利用価値がありますからね」


「お姉様の血が?」


 額から血を流す小夜の姿を汚いものをみるように眺める旭に、夜光が軽薄そうに笑って答える。


「そうです。我々の力を封じる力を持つ血を持っていますからね」


「それならば、危険ではなくて?」


 遠回しに、今この場で片づけてしまっては。と問いかける旭を夜光がなだめる。


「うまく利用すれば、我々も太陽の下でも出歩けるようになるかもしれなせん。まだ殺してはいけませんよ」


 夜光の言葉に、はぁいと気の抜けた返事をした旭は、日傘を一回くるりとまわし、得意気に畳んだ。


「陽の光が刺すように痛かったですわ。わたくしの体も変化してきているということですわよね」


 陽の光が痛いという言葉に、小夜がピクリと反応する。


 旭の体が変化してきている。


 これから屍食鬼(ししよくき)になるのか、それとも吸血鬼に変わるのかまだわからないというだ。


「まだ変化途中だというのに、太陽の下に出られない我々のためによく頑張りましたね。帰ったら褒美をあげましょう」


 くふっと笑った夜光に笑いかける旭は、とても美しかった。


「旭、香月(かげつ)研究所に行きなさい。そこで血清を打つの! そうすれば、体の変化はおさまるから」


 夜光の肩の上でもがき叫んだ小夜は、二人から冷ややかな視線を送られる。


「うるさいですわ、お姉様」


 ふわりと小夜の前に顔を寄せた旭は、愛らしく笑う。


「わたくしはね、選ばれた人間なんですの。今までも、そしてこれからも」


 大和の通夜の席から逃げ出した旭は、夜の街をさまよい歩いているうちに夜光に保護された。


 夜光は、不老不死の儀式を終えた後の大和の様子を秘密裡(ひみつり)に見に来ていたのだ。


 夜光に保護された旭は、必ずしも旭がなりそこないになるわけではないという説明を受け、夜光の元で体の変化がおさまるまで経過を観察されることになった。


 万が一なりそこないになるようなら、助けると言われ、夜光を信じたのだ。


「選ばれたわたくしが、霧城子爵のような化け物になると思って? わたくしはね、不知火(しらぬい)侯爵のような美しい不老不死の存在になり、この国の夜闇に君臨するんですわ」


「そんな……」


「行儀見習いから返された時は、どうしてわたくしが。と思いましたが、夜光様から不知火(しらぬい)侯爵が不老不死の存在だと聞いてわかったんですの」


 夜光と行動を共にするようになった旭は、不知火(しらぬい)侯爵の秘密を知った。


 そこで、行儀見習いから返されたのは、その秘密を知られたくなかったためだ。と脳内で好意的に解釈したのだ。


「返されたときのわたくしには、侯爵の隣に並び立つだけの資格がなかったと。不老不死の存在になってこそ、本当の意味で選ばれるのですわ」


 そして今、自身が吸血鬼になると疑っていない旭の心境は無敵だ。


「今なら、わたくしにその資格がありますわ」


「あなたは……霧城子爵を愛しているのではなかったの?」


「誰があんな醜い嘘つき老人」


 吐き捨てるように言う旭に、夜光が楽しそうに笑う。


「わたくしを夜光様の下に導いてくれたことは認めますが、嘘つきも醜いものも嫌いです」


 大和が一時的に若さを手にしたように、旭は魅了を開花させていた。


 夜光の元にいる間、血こそ吸わなかったが虜にした人間は数知れない。


「今のわたくしなら、誰もが恋に落ちると思わなくて?」


 自身の魅力に酔いしれている旭は、夜光に担がれている小夜の顎をとり、瞳に映った自分の姿をうっとり眺める。


香月(かげつ)様も、わたくしのとりこにしてさしあげようかしら」


 頬を掴む旭の瞳を睨む。


「なんですの? その目は」


「あなたには、渡さない」


「はあ?」

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