4.薄幸令嬢の婚約者(3)
初めて腕を鞭うたれたときは、痛みに泣いた。
淑女になるためのしつけだと菖蒲や大和から言われ、鞭うたれることを恐れ、礼儀作法や勉学にはげみもした。
しかし、大和が訪問した日はいつも、なんらかの文句をつけられ「しつけ」をうける。
そのうち、この行為は「しつけ」ではなく、大和や菖蒲の娯楽なのだと思うようになった。
その頃には、鞭うたれることにも慣れ、泣かなくなっていた。
それでも打たれた腕からは血が吹き出、裂けた皮膚はろくな薬も与えられず無数の跡が残る。
大和の「しつけ」は小夜の両腕が血に染まるまで終わらない。
白肌が裂け、赤い血が流れる様子をそれはうっとりと眺めるのだ。
大和が小夜を見染めたのは、彼女が十歳の頃だった。
借金の督促に華峰邸を訪れた時に、家の手伝いをしていて転んだ小夜の姿を見て、この子をくれたら資金援助をしようと申し出たのだ。
大和には悪癖があった。
それは、人間の流す血をみることが好きだということだ。
普段はそうと気づかれないよう紳士的にふるまっているが、一度、箍が外れると相手の血を見るまで折檻が止まらない。
小夜が大和の婚約者におさまり、体裁のために部屋を与えられたからも大和が訪れていないときには女中仕事をしている。
そんな中、女中たちから霧城邸で働いている女中や使用人はいつも生傷が絶えないという噂を聞いた。
屋敷に連れ込まれた女が夜な夜な悲鳴を上げているという噂もある。
女学校の一部女生徒の間では、血濡れの子爵と噂されており、小夜の婚約者であることが知られると好奇に満ちた目で見られる。
大和の噂は、この悪癖からきたものだった。
膝小僧から血を流しても、じっと耐えている小夜の姿が健気で気に入った。と大和は菖蒲たちに語っているが、実のところ旭にも目をつけている。
黙って痛みに耐える女が、堪えきれずに漏らす苦痛の声も良いが、お嬢様然とした小生意気な女が、折檻によって変わっていく様を眺めることも大和は好きだ。
最近、大和は折檻を黙って受け入れ悲鳴もあげない小夜に退屈しはじめていた。
小夜から流れ出る血は他の者の血よりも大和の心を掻き立て、凶暴にさせ、「しつけ」に夢中にさせた。
しかし折檻に伴う反応は日に日に鈍くなり、楽しみは半減だ。
それに比べて、旭という娘はいい悲鳴をあげそうだ。
小夜の妹ということもあり、流す血も大和を満足させるに違いない。
いずれ姉妹二人を手に入れたい。と邪な思いを持ちながら、小夜を打つ手は止まらない。
流れ出てくる両腕の血が、真っ赤な着物の一部になった。
小夜の着物のほとんどは大和からの贈り物で、全てが血を思わせるような真っ赤な着物だ。
それしか外出着は持っておらず、毎日赤い着物で通学する小夜を、霧城邸の婚約者としてお似合いだと嘲笑する女生徒の言葉も聞こえていた。
皆、一様に親から婚約者を決められるのを待つ身だ。
すでに婚約者を持ち、年回りが良い頃合いに結婚することが決まっており、結婚後の扱いは良いものとは思えない小夜の身辺は、学友たちとの噂話にちょうどいいものなのだろう。
とりわけ旭はその噂話に加担することに余念がなく、大和が小夜を訪れた次の日には、面白おかしく話を流している。
さすがに、華峰家と霧城家の恥になるとして大和が行う「しつけ」については菖蒲から口外を禁じられているが。
それでも、小夜が大和の前で粗相して罰を受けていることが楽しいようで、自分なら決して旦那様の前で粗相などしないと言いながら楽しそうに、将来のまだ見ぬ旦那様に仕える自分を夢見て語る。
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