39.薄幸令嬢、駄菓子屋に行く(2)
自動車で研究所を出て四半刻ほど進んだ町中に、駄菓子屋はあった。
以前、瑛人から貰った着物の中から、水仙柄のものを選び、髪を外巻きに編んだ小夜は、ひいき目に見ても美しい。
「ここが、瑛人様のお気に入りの場所なんですね」
休暇中ということで、着流しに羽織を羽織った瑛人は、髪の色と瞳の色から、周囲の人々から遠巻きに見られている。
小夜の目には美しく映る胡桃色の髪も、金茶の目も、黒髪黒目が主であるこの国では奇異の目で見られてしまうのか。と瑛人をかばうように前に出た時だった。
「あー、香月様だー‼ みんな、香月様が来たよー!」
小さな女の子が瑛人を見つけて大声で仲間を呼ぶ。
すると、わらわらと子どもたちが奥から出てきて瑛人を取り囲んだ。
「みんな、元気だったか?」
「香月様、最近来ないから心配してたんだよ」
「香月様、コマ回ししよ」
子どもたちに囲まれている瑛人は楽しそうだ。
ようし、と言って子どもの持ってきたコマを回して戦い合わせて遊び、おはじきで遊ぼうと言われたら着物が汚れるのも構わず、子どもと同じ目線になって遊んだ。
「香月様、この人誰?」
後から出てきた子どもが、瑛人と子どもたちに笑顔を向けている小夜の裾を掴む。
「その人は、僕の婚約者だよ」
瑛人があまりにも自然に紹介するので、子どもの前とはいえ恥ずかしくなり下を向く。
「婚約者ってなにー?」
「知らないのか? 将来結婚する相手ってことだぞ」
「将来の奥さんなの?」
「わぁー」
子どもたちに取り囲まれた小夜は、扱い方が分からず、おたおたしている。
そんな様子を見て、ふっと笑った瑛人は、子どもたちの中に入ってきた。
「そうだよ。僕の将来の奥さん。みんな、優しくしてあげてね」
瑛人の言葉に、女の子たちがきゃあと叫び、男の子たちがわっとはやし立てる。
「うるさいね。人様の迷惑になるから、店先で騒ぐんじゃないよ」
駄菓子屋の引き戸が開き、中から髪を島田に結った、恰幅の良い四十ほどのの女が出てきた。
「真式のおばちゃん、お菓子ちょうだい!」
真式と呼ばれた女は、表に香月がいることを確認し、紅の引かれた大きな唇でニッと笑う。
「あんたら、また香月様にたかる気だろう。少しは遠慮しな」
「いや、いいんだ。この子たちの分は僕が払うから、選ばせてやってくれ」
「はいはい。あんたら、一人十銭ずつだよ! 欲張りにはおばちゃんが鉄拳落すからね」
その歓声をあげ、子どもたちが駄菓子屋に入っていく。
「いつもありがとうございますね、香月様」
「子どもたちの喜ぶ顔は、嬉しいものだから」
「そうでございますか。香月様にも特別なものをご用意しておりますよ。おや、こちらの方は……噂のご婚約者様ですね。真式峰子と申します。どうぞよしなに」
「華峰小夜です。どうぞよろしくお願いします」
峰子の迫力に気圧されながら礼を返す。
峰子は、笑顔を浮かべているが笑っていない瞳で小夜を値踏みするように見ている。
「よいご婚約者様のようで、よろしゅうございました。つまらない駄菓子屋ですが、どうぞ中をご覧くださいな」
厄介払いされたような気がしないでもないが、古い知り合い同士積もる話もあるのだろうと、引き戸の中に案内されると、そこは色とりどりの菓子やおもちゃが置かれた場所だった。
かつて旭に連れられて行った駄菓子屋は、大人たちにばれないように見張る役回りだったため中を見たことがない。
旭たちが出てくるときに、持っていたものを見て、お菓子やおもちゃがあるのだな。とぼんやり思っていたことを思い出す。
中はこんな風になっていたのかと関心して見ていると、つんつんと裾を引かれた。
「一人十銭までだよ」
と小さな女の子が、これまた小さな籠を手渡してくれた。
ありがとう。と礼を言い、おそるおそる菓子に手を伸ばした。
花串カステラ、南京豆、酢こんぶ、あんこ玉、きびだんご。どれも、瑛人が食後の甘味にと手渡してくれたものばかりだ。
ふと目にしたキャラメルが気になり、一つ籠に入れる。
瑛人は一向に中に入ってこないが、どうしたのだろう。と思いながら、ちらちら外を気にしていると、ようやく瑛人が入ってきた。
「香月様ー! これがいい」
「私はこれ!」
「今日はこれ買うから、遊んでよ」
入ってきたとたん、子どもに囲まれもみくちゃにされている。
「はいはい、ちゃんと並びなさいな」
瑛人にむらがる子どもたちをいなした峰子が奥に行く。
すると、子どもたちはきちんと並んで籠の中を見せていった。
「小夜は何か気に入るものはあった?」
「ええと……」
子どもに交じって並ぶことが気恥ずかしく、そっと籠の中を見せる。
「以前、瑛人様にいただいてとても美味しかったものですから……」
そっと瑛人を伺いみると、小夜から顔を背けていた。不快に思ったのかと心配になったが、峰子のお熱いですねえという言葉が気になりよくよく見ると、瑛人の耳が真っ赤になっている。
「そんなもので良ければ、いくらでも。真式、店にあるキャラメル全部くれ」
唐突にキャラメルを買い占めようとした瑛人に、峰子と小夜が目を丸くする。
「いいえ、一つでいいんです」
「いいや、この町中にあるキャラメル全部買おう」
「瑛人様。それでは、他の子どもたちが買えなくなってしまいます」
「それも……そうだね」
なだめられて、しゅんとした瑛人が愛らしく、小夜がふふっと笑うと、きょとんとしていた子どもたちもわっと笑いだす。
子どもたちにはやし立てられて赤くなった瑛人は、素早く支払いを終わらせ、恥ずかしさを誤魔化すように外で遊ぶよ。と出て行ってしまった。
「仲がよろしいようで、ようございます」
背後から急に峰子の声がして驚いて悲鳴を飲み込む。
気配が全くしなかったのだ。
「あ……ありがとうございます」
振り返って峰子を見ると、じっと小夜の瞳を覗き込んできた。
「香月様は、あの髪と目の色でしょう。ご結婚されることを忌避されていらしたんですよ。ご自分の色が子どもに移ることを厭うていらして」
峰子の言葉に、駄菓子屋の周辺で瑛人に向けられていた視線を思い出す。
瑛人には異国の血が入っている。
文明が開花され、異国との貿易が盛んになり、異人も出入りするようになってきたものの、帝国人と異人の子は珍しい。
あんなに子どもが好きなのに、子どもを作ることを厭うていたということは、瑛人の過去は楽しいばかりのものではなかったのだろう。
髪と目の色の話をしても、小夜の瞳に陰りがないことを確認した峰子はフッと笑う。
「それなのに、ご婚約者をここに連れて来られるまでになられて。うれしゅうございます。どうか香月様をよろしくお願いいたします」
深々と礼をされ、慌てて小夜も礼を返す。
「私の方こそ、瑛人様にふさわしくあれるよう努めます」
その言葉に、峰子は本当に嬉しそうに笑った。
「これからも、いらしてくださいね」
「はい」
瑛人と峰子の仲は、小夜が思っていたよりも深いものなのかもしれない。
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