30.薄幸令嬢と通夜の席(1)
冬も深まり、朝、外に出ると日陰に霜柱が立つようになっていた。
屋根にはつららが垂れさがり、顔を洗うのも億劫な気持ちになる。
朝の身支度を終え、台所の水瓶に水を汲んだ小夜は、手際よく朝餉作りを始めた。
瑛人と蛍の献身の結果、すっかり健康を取り戻した小夜は、隼からもお墨付きを貰い、家の家事を蛍と分担するようになっていた。
「うー寒い。今朝も早いね、小夜ちゃん」
「おはようございます、蛍さん」
小夜と蛍が朝餉を用意し終わったころ、瑛人が離れに到着した。
笑顔で瑛人を迎え入れた小夜は、暗い表情をした瑛人の様子に声をかけるのをためらう。
「霧城子爵が亡くなったそうだ」
今朝、瑛人の屋敷に華峰家から知らせが来て分かったことのようだ。
小夜が研究所で世話になることが決まってから、瑛人は小夜の父である華峰蒼と定期的に連絡を取っていた。
始めは、小夜のことは菖蒲に任せている。
と、小夜を返すよう言い募っていた菖蒲に同調を見せていた蒼だったが、話が小夜の血の特異性になると、家の者に知られないようにしてくれたらあの子をどう扱っても構わないと言い出し、菖蒲を止める姿勢を見せた。
雇っているとはいえ、仮にも嫁入り前の娘を預かっているので、定期的に連絡を入れていたのだ。
今回の連絡は、瑛人が定期連絡を行っている使いの者の帰る便に便乗してのことだった。
「そんな……どうして……」
「前回、屍食鬼が出た夜から失踪していたが、先日遺体になって帰ってきたそうだ。同時に、霧城子爵の息子だという人物も一緒に帰ってきたようで、霧城家は今大騒ぎしていると」
「息子……」
「そうだ。霧城家の権利と、婚約者を譲ると書かれた遺書を持っていたそうだ」
「譲るなんて、小夜ちゃんは物じゃないよ」
小夜の身柄は、華峰家の家長である蒼と、婚約者である霧城大和の元にある。
蒼が研究所で仕事をすることを黙認したのは、大和の行方が知れなかったからだ。
大和の遺書に書かれているように、霧城家は華峰家との縁を手放すつもりはないようだ。
新たに婚約者になる者がどのような人か分からないが、これまでのように研究所に住まわせてくれるかどうかわからない。
「それでは……お通夜とお葬式に行かなければなりませんね」
気づかわしげな瑛人と蛍を前に、小夜は背筋をただす。
本心で言えば、泣き言を言って隠れてしまいたかった。
けれど、それをしてしまえばこれまで自分をかばい、かくまってくれていた瑛人たちに迷惑がかかる。
小夜にできることは、自分に与えられた責任から逃げないことだけだ。
「でも、今ここから出ていったら……」
蛍の言わんとしていることは全て言わなくとも伝わった。
室内に重い沈黙が流れる。
「霧城子爵にはお世話になりましたから。改めて、新しい婚約者から研究所で働く許可も得てこようと思います」
居住まいをただし、瑛人と蛍に礼をする。
「護衛をつける。婚約者が代わるとはいえ、君が不知火家から狙われていることには変わりないからね」
「ありがとうございます……」
「これを。手紙と共に華峰家から届けられた」
瑛人から渡された包みを開くと、華峰家の紋の入った喪服と数珠が入っていた。
喪服を見て初めて、大和が亡くなってしまったということに実感が湧く。
大和が小夜に会いに訪れる都度、恐怖に包まれていたことが嘘のようだ。
叩かれることを恨みに思ったことはない。
それが小夜の役割だと自覚していたから。けれど、血を流す小夜を見ながら密かに笑う大和に対し、嫌悪感のようなものを抱いていたことは否定できない。
霧城家に嫁せば、腕だけでない部分も折檻の対象になるだろうと恐怖に怯えた日もあった。
研究所で働いていた日々の間、蒼からは見逃されていたものの、行方不明の大和が見つかれば体裁が悪いと華峰家に連れ戻されるかもしれないと不安に眠れない日もあった。
行方知れずの大和が見つからなければいいと内心願っていた。
けれど、死んでほしいとまでは思ってはいない。
複雑な心境だ。
喪服を手に、じっと動かない小夜を前に、瑛人と蛍は静かに席を外す。
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