29.薄幸令嬢と吸血鬼の主(2)
「産まれてからいままで、何か不思議なことがあったことはない? 闇の存在に狙われていたとか、いたずらされたりとか。それは、あなたの血が彼らを惹きつけたことから起こっていたんだよ」
十夜の言葉に、これまで見てきた黒い影のことを思い出す。
あの日、旭の徽章を隠したもの彼らだろう。
「あなたの血はね、僕たちの力を封じる危険なものだ。けれど、同時にその香りを嗅ぐと口に含みたくなってしまう、とても魅力的なものなんだ。だから、僕の手元で管理しておきたい」
管理、という言葉に眉を顰めた小夜を十夜が面白そうに見る。
「僕の元で管理されるのと、この研究所で管理されるのと、何が違うの?」
小夜が怯んでいる気配を感じた十夜は楽しそうに笑った。
「僕の元にくるなら、あなたが死ぬ日まで、高い身分と心地よく安全な住処と贅沢な生活を約束してあげる。その代わり死ぬときは、僕にあなたの全てをちょうだい」
小夜を迎え入れるように両手を広げ、月の下でうかれる十夜の姿が怖かった。
「いやっ!」
差し伸べられた手を思わず払った瞬間、十夜が悲しそうに顔をゆがめたのが見えた。
「不知火侯爵!」
家の中に逃げ込もうと立ち上がった時、小夜の後ろから勢いよく剣が突き出される。
素早くよけた十夜は綺麗に笑う。
「おやおや、早かったね。香月の坊や。今夜はこの辺りにしておこうか。またね、小夜ちゃん」
身をひるがえした十夜の姿は蝙蝠に変わり、月夜に飛び去っていく。
「イチイの木の結界が壊れた気配を感じたから来てみれば」
憎々し気に十夜が飛び去った後を睨んでいた瑛人は、すぐに小夜に向き直る。
「何か、酷いことをされなかったか」
焦った様子の瑛人を安心させるように首を振る。
一見して無事な様子の小夜に息をついた瑛人は、剣を収め帽子を直した。
「すまない。警護も結界も完璧だったはずなのに……」
「いえ、すぐに来てくださいましたから」
小夜の家回りを警護していた軍人は、いつの間にか眠らされていたようで、道で発見されて怪我の有無を見るために研究所に運ばれた。
「後から蛍が来る。念のために、今夜は蛍をここに泊まらせよう」
蛍は瑛人と共に幼いころから武術を学んでいて、護衛程度ならできる腕前だ。と、瑛人が太鼓判を押す。
「君は婚約者のいる身だ。夜深夜に男と二人でいることで評判に傷がついてはいけないから、僕はすぐ帰ろう」
小さく震えている小夜を見て、瑛人は一瞬苦しそうな顔をした。
「だが、お茶を飲むくらいの時間は許されるだろう。あんこ玉にはお茶が合う。僕が淹れるよ」
瑛人の言葉に小夜がほっとしたように笑う。
笑った小夜に複雑そうな表情をした瑛人は、すぐに笑顔に変わり囲炉裏に鉄瓶をかけた。
慣れない手つきで淹れられたお茶は、いつものものよりずいぶん渋く、渋いなと顔をしかめる瑛人の前で思わず笑ってしまった。
気まずげな瑛人とあんこ玉を分けて食べる。
渋かったお茶は、あんこの甘さを引き立てて程よい味わいになっていた。
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