2.薄幸令嬢の婚約者(1)
真っ赤な色に艶やかな花柄が入った着物を着た、
というよりも着られているようにも見える十六ほどの柔和な印象のある少女が、
モダン柄の着物と濃紺の袴を粋に着こなした十五ほどの華やかだがきつい印象のある少女の荷物を持ち女学校の門を後にした。
昨今の帝都では、女学生の間で袴を履くことが流行している。
つややかな黒髪を豊かに編み、健康的な体躯をした可憐な容姿のきつめの美少女は、
艶のない髪を無造作に一つ結びにして無表情に後ろを歩く、不健康に痩せた青白い顔の少女に向かっ
て侮蔑の視線を向けた。
「お姉様がいつも真っ赤な着物をお召しだから、わたくしまで笑われてしまいます」
「ごめんなさい、旭」
旭と呼ばれた少女は、美しい唇をくしゃりと歪め笑う。
「お姉様は、女学校でなんと呼ばれているかご存じですか?」
後に続く言葉は、毎日決まって同じだ。
「娼婦ですよ、娼婦。由緒正しき華峰家の長女が、なんて嘆かわしいことなの」
はたからみたら、姉妹が仲良く内緒話をしているような構図で嫌味を言い募る。
この会話は、女学校へ行く道と帰る道に飽きもせず繰り返される。
「下品なほどに真っ赤な着物、年齢が祖父ほども離れた婚約者。お姉さまって、本当に変わってますわ。わたくしなら、楚々(そそ)とした中にも粋な物を選びますし、婚約者だってもっとお若くて素敵な方がいいです。ね、小夜お姉さま」
「旭の着物はいつも素敵だし、あなたなら、婚約者にも愛されるわ」
小夜の言葉はいつも決まって同じものだ。
それ以外の言葉を紡げば、旭の実母であり小夜の継母である華峰菖蒲にあることないこと言いつけられ折檻をうけからだ。
「当然ですわ」
幾度も耳にしたはずの小夜の言葉は、今日も旭を満足させたようだ。
機嫌を損ねてはならないと顔色を窺っていた小夜は、小さく息をつく。
物心ついたころから華峰小夜は、華峰家で厄介者として扱われてきた。
小夜は、父親である華峰蒼が若い折、家の反対を押し切って当時の婚約者である菖蒲を差し置き、愛しい女と駆け落ちした末に産まれた娘だった。
小夜の実母は産後の肥立ちが悪く小夜を産んですぐ亡くなり、産まれたばかりの赤子を抱えたうえに、働くことに不慣れな蒼はすぐに根を上げ華峰家に帰った。
華峰家に戻ってからは、幼い小夜に蒼は見向きもしなかった。
愛した妻を奪った娘として憎まれた方がまだましだったかもしれないと思うほどに、蒼は何事にも無関心を貫いた。
妻を失って、魂まで失ったかのように。
その様子に危機感を抱いた先代は、以前の婚約者に頭を下げ、新たに所帯を持たせた。
新たな女を与えれば。それも幼いころから婚約者として育ってきた気心の知れた間柄の男女であれば、腑抜けた蒼も正気を取り戻すだろうと思ったのだろう。
残念ながら、その試みは外れた。
一度婚約を破棄され男に裏切られた女と、愛した女を失い全てに興味を失った男では心を交わすことが叶わなかった。
それでも後継者を求める声は重く、一年後産まれたのが小夜の腹違いの妹である旭だ。
次は男をと求められていたが産まれることなく、華峰家では二人の女児が育つこととなった。
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