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19.薄幸令嬢の新生活(2)

 人がいるとは思っていなかった小夜も、瑛人(あきと)の声に驚き思わず悲鳴を上げてしまう。


「す……すまない。そういえば蛍が風呂と言っていたな。淑女の風呂上りを見ようと思って来たわけじゃないんだ……」


 上気した肌に、しっとり濡れた黒髪。昼だというのに浴衣姿であることに気が付き、小夜も顔が熱くなる。


「お……気になさらず。ここは、香月(かげつ)様のお家ですし。私が昼からお風呂をいただいていたことが悪いんです」


「いや、君に悪いところなんて一つもない!」


「あの……すぐに着替えてきますので」


「あ……それならこれを」


 畳の間に引っ込み着替えようとした小夜に、瑛人(あきと)が大きな風呂敷包みを押し付ける。


 何かと思い、その場で中を確かめると、綺麗な着物や寝巻用の浴衣が沢山入っている。


「受け取れません……」


「いや、何の用意もなく家から連れ出してしまったのはこちらの落ち度だ。古着で申し訳ないが、使ってほしい」


「でも……」


「それでは、僕はこれで」


「あ……」


 赤い顔を隠すように帽子を目深にかぶった瑛人(あきと)は、包みを返そうとする小夜から逃げるように足早に出ていった。


 途中、何かに(つまづ)いたようでバランスを崩していたが、すぐに立ち直り去っていく。


 ふと囲炉裏端を見ると、包みはもう一つあった。


 部屋に持ち帰り開いてみると、中身は手ぬぐいなどの生活品が詰められている。


 着物の包みは、古着と言ってはいたもののほとんど使われた形跡のない新品同然の品ばかりだった。


 柄行も、小夜の雰囲気に合ったものが多く、試しに当ててみると寸法もぴったりだ。


「明日、お礼を言わなければね」


 大和にも着物を贈られてはいたが、貰ってこれほど嬉しいと思うことはなかった。


 髪を乾かすことを忘れ、畳の間に置いてある姿見の前で贈られた着物を当てて見ているうちにくしゃみが出た。


 風邪を引いてしまっては、明日からのお勤めに支障が出るかもしれないことに思い至った小夜は、空いていた箪笥(たんす)に着物を丁寧に仕舞い、乾いた手ぬぐいで髪を拭き乾かした。


 乾かし終わる頃には、陽はすでに傾いて、血の色のような夕焼けが空に広がっている。


 こんな風に心が満たされたのは初めてだ。


 贅沢に使える時間。栄養が整えられた食事、たっぷり湯のはられた浴槽、綺麗な着物。


どれもが、自分に与えられるとは思ってもいなかったものだ。


 それだけ、この身に流れる血が瑛人(あきと)にとって貴重なものなのだろう。と、瑛人(あきと)の優しさに勘違いしそうな心を正す。


 瑛人(あきと)が帰った後、暗くなってきたので雨戸を締め、家の戸締りをする。


 畳の間にもどり、ふすまで仕切っていた寝室を開けると、そこにはすでに布団が敷かれていた。


 瑛人(あきと)と蛍の気遣いにじんと心が温かくなる。


 いつもなら働いている時間だが、今はもうすることがない。


 この家には、華峰家や女学校で見ていたような黒い影もない。瑛人(あきと)が守りがあると言っていたので、不浄なものもはじいているのだろう。


 清廉な気配をすぅっと吸い込む。


 病み上がりで疲れもたまっていたため、おずおずと布団に横になった。


 布団はふかふかで、太陽の香りが小夜を包んだ。


 華峰家では、捨てられていた煎餅布団を使っていたので、こんなに清潔で温かい布団を使えることに感動した。


 布団の感触を楽しんでいるうちに、すっと眠りの世界に入っていった。

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