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薄幸令嬢は吸血鬼を狩る者に愛される  作者: 中西徹


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18.薄幸令嬢の新生活(1)

 朝になり、ベッドを出た小夜は、蛍が洗ってくれていた着物に着替え、泣いて腫れぼたっくなった目を恥ずかしそうに伏せている。


 借りた浴衣は洗って返すと言ったら、蛍にそれはあげるよと言われ、しばらく逡巡(しゆんじゆん)したのちにありがたく受け取ることにした。


 着の身着のまま華峰家から救出され、生活に必要なものを何も持っていなかった小夜にとって蛍の申し出が身に染みる。


 瑛人(あきと)たちと研究所を出て一里ほど歩いたところに、垣根に囲まれたこじんまりとした茅葺(かやぶき)の民家があった。


「研究所に泊まる際に使っている僕の家だよ。ここを君の寮にしようと思うんだけど、どうかな?」

「こんなに素敵な場所を使っていいんでしょうか」


「研究所にも宿泊施設はあるにはあるんだけど、いかんせん男所帯だからね。ここなら、落ち着いて使ってもらえるかと思って。ここにあるものは全部自由に使ってもらってかまわないからね」


 古いけれど落ち着いた佇まいの家からは、瑛人(あきと)の香りがした。


「この家には守りを施しているけれど、君は不知火(しらぬい)家から狙われているし、ご家族からも距離をとっているよね。申し訳ないけれど、一人での外出は控えてほしい」


 その代わり、蛍が日々の必要なものを届けてくれると言われ、恐縮しきりだ。


「護衛もかねて、ちょくちょく様子を見に来るよ」


「冷めちゃったけど、食事を用意しておいたから。あとお風呂も。よかったら使ってね」


「なにからなにまで、ありがとうございます」


 笑顔で家を後にする蛍と瑛人(あきと)に向かい深々と礼をして、姿が見えなくなるまで見送った。

 しんとした部屋に入り用意されていた食事をいただく。


 瑛人(あきと)と話している間に温めなおしてくれたようで、味噌汁がまだ温かかった。


 具だくさんの味噌汁に、アジの干物。小松菜のお浸しに、白米に、香の物。


「こんなに贅沢なものをいただいてもいいのかしら……」


 これまでの食事とは比べ物にならないほど豪華な食事にそっと箸をつける。


 一旦箸をつけると、体が栄養を求めていたことを思い出したかのように空腹を訴え始め、夢中で食べる。


 どれも、これまで食べたことがないほど美味しかった。


 特に干物など、これまで頭と骨しか食べたことがなかった。


 華峰家で食事を与えられずに飢えた時に残り物を漁ってのことだ。


「美味しい……」


 一人きりの食事だが、華峰家で一人で食べているときとは違って心持が軽い。


 食事を終えて、膳を片付け終えた後、昼からなのにいいのだろうか。と迷いながら風呂に入った。


 蛍が頑張ってくれたのだろう。民家の庭にある湯殿には、檜の浴槽に湯がたっぷりはられていた。


 浴槽に水を用意するには、井戸を何往復もしなければならない。そして、風呂を炊くには、付きっ切りで火をおこしていないといけない。


 華峰家では、家族と使用人が使った後の残り湯を使っていた。


 いつも湯はほとんど残っておらず、湯も冷めて水に近くなっていた。


 小夜に対してあたりのきつい使用人が先に入った時などは、小夜が入っていないことに気が付かなかったと言いながら湯を落とされ、井戸水で頭と体を洗うしかなかった日もあった。


 用意されていたいい香りの洗髪剤と石鹸を使い、頭と体を時間をかけて丁寧に洗う。


 以前は、灯りを使うことも石鹸を使うことも制限されていたので、いつも暗い浴室であってないような石鹸の欠片を使い急いで体を洗っていた。


 こんな風に明るい中でゆっくり体を洗い、たっぷりと湯のはられた湯舟に浸かるのは初めてだ。


 明るい中、湯の上から見た自分は傷跡だらけで、あばらのういた貧相な体をしていた。


「これから……私、どうなるのかしら……」


 研究所で血を提供することが仕事だと言われたが、それだけで今のような生活が保証されるとはにわかには信じがたかった。


 華峰の家から逃げられたことでほっとしているが、いつか菖蒲(あやめ)たちが小夜を探して連れ戻すのではないかという恐怖心がぬぐえない。


 それに、まだ小夜は大和の婚約者なのだ。


華峰家の家長と婚約者の許しを得ずに職業を持ったことで、どのような罰を与えられるだろうかと考えるだに恐ろしい。


 ぐるぐる回る不安を振り払うように、小夜は湯舟に頭から潜る。


 賽は投げられたのだ。これから小夜は、ここで生活していくしかない。


 瑛人(あきと)は、あの家から出て自活する道を開いてくれたのだ。それならば、精一杯お務めを果たそう。


 ざばりと頭を湯舟から出し、顔をパンと叩く。


「しっかりしないと」


 そのままの勢いで浴槽から出た頃には、湯はすっかり冷めていた。ふやけた指先で浴槽と風呂場の掃除を終わらせ、体を拭いて浴衣に着替え家に戻る。


「うわ!」


「きゃっ」


 囲炉裏端で帽子を脱ぎくつろいでいた瑛人(あきと)が、風呂上りの小夜の姿に驚き顔を赤く染めていた。

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