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インバネスを脱ごう、振り向かない。いきなり脱線した。食傷気味だな。誰よりもかっこいいと思ってるでしょ? 自分の設定に溺れるのが悪い小説の典型なんだ。ミッチェルはエマに会えないんだ。当分はね。ミッチェルは剽窃の罪で投獄されてるんだ。「恥じらい畠でつかまえて」を書き起こしたからなんだ。瞳は愛の欠片だろ? 鏡の中にエマがいるんだ。
舞台はパルプ・オーリンズ。物語はミッチェルが鏡を見ることから始まる。鏡を見てもバロック、歪んだ真珠が映るだけだと思うだろうけどね、その中にエマがいるんだ。エマは鏡の中の自分なんだ。最初はね。
普通、鏡に自分じゃないのが映ってたら枠に手を押し付けるよね、ミッチェルもそうするんだ。その内、もっと鏡見てミッチェルは鏡の外に逃げ出すんだ。
ミッドファーヤーのおじさんに会いに行くんだよ。ミッドファーヤーのおじさんってのはね、丁度遠い所にいてヤーだからだ。
マーブリングラブにしようと思うんだ、ミッチェルとエマはね。マーブリングってのは、水に絵の具を垂らして丁度色が混ざり始めた時に紙を置いて、その色合いを写し取る技法だよ。
上手くいくと、地球みたいになるんだ。間違ってもポップカルチャーじゃない。そこまでしか決まってない。また不幸がハッピーエンディングを探す羽目になってしまったよ。僕は不幸なんだろうか?
カスタネットはディープラーニングを続けてる。
ワーイプとジッカは今も夫婦喧嘩を続けてるんだろうな。愛想が尽きるのも愛情だろ? 僕は一人暮らしを続けてる。いつから一人暮らしをしてるのか分かんない。それは小説を書くためかも知れないし、愛想を尽かされたのかも知れない。
実家に帰る時に「まさいま」って言うのはジッカだけだよ。まさいまって言葉があるのはジッカに教えられた。
ワーイプはいなくてもいい存在だと僕は思っている。どうしてこんな美人が、って思う夫婦になるんだろう人がいるだろ? どこが良かったのか、ジッカはイカした女なんだ。僕が男を見る目が厳し過ぎるのかも知れないけど、男から見て魅力的な男なんていないね。
ジッカはそのことに時々気付いて、実家に帰りたがるんじゃないかな。まだらボケみたいに時々ハッと我に返るんだ。
ワーイプとジッカの共通点はシナダレって神様を信じてるだけ。半人半蛇の神様なんだけれど、絵を見せてもらったらコブラに似てた。ジーンズのインディゴはガラガラヘビを避けるためにカウボーイのために作られたって話だけど、シナダレはどういうご利益があるのか知らない。
宗教のために様々な戦争が引き起こされた定石は鼻で笑いたいけど、同じ神様を信じてても夫婦は喧嘩するんだね。ワーイプはジッカが実家から帰っても何も言わないらしい。
ただ新聞を読んで、「帰ってたのか」って背中で全身の喜びを表すんだって。
愛と炎の歴史ではレタスネットは出てこないかも知れないな。僕には大理石の中に「ある」彫刻を見ることはできないよ。僕はミケランジェロじゃなくてミシェルだから。好きな物を詰め込んでオムレツにするしかないな。
ミケランジェロは彫刻だけじゃなくって絵もやったんだろ? 現代では何でもする人は何にもできない人って思ってたけど万能の天才っているんだね。芸術には本来なら垣根は無いのかも知れないね。その時その場に生まれたのが運命ならキュリー夫人もスムージーに凝ることもないだろう。運命って流れに岸が削られていくようにその人が浮き彫りになっていくんだね。
どんな小石もそうあるべくしてその姿になったんだ。いなくてもいい存在なんていないんだ。
鼻で笑わないでね。僕なんて計算しなきゃ書けないもの。
駆け出したミッチェルはミッドファーヤーのおじさんに電話をかけるんだ。
ミッドファーヤーのおじさんはコニャックの底を片手で揺らして温めながら昔懐かしい黒電話で応対する。「今夜はパーティーだよ?」ってミッチェルに告げるんだ。
それが神の黙示のようにね。