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 カスタネットは跡形もなくなくなってた。まるで悪い夢を見てたかのように。

自販機は料金箱がめちゃくちゃに破壊されて表に出てた。煙草なんて一本も残されてないだろうな、ってのが火を見るより明らかだった。

後ろはドロドロに溶けてて、横には「シンドロームシンドローム」って書かれてた。何かやりのこしたものでもあったのだろうか、バーンアウト症候群だろうな。

僕はその自販機を通り過ぎようとした、砂と熱の間にユラユラと湯気みたいな物が見えるんだよ。よく見知ったような、でも初めて見るようなそんな感じ。

それはエマだった。想像した通りの人。周りにはクマルの木の並木も見えるんだよ。クマルってのは煙草の木のこと。クマリンって最初言っただろ。

きっと声をかけてくれるだろうと思ってた。誰かとつながりたい、ひな鳥のような気持ちだったんだ。僕は自販機の前にいて、エマもきっと買うだろうからって少し足をどけたんだ。

その瞬間、何も言わずすれ違った。エマは一瞥もしないで我関せず、って感じで僕をよけたんだ。

「エカ・・テリーナ」

僕が見えますか? ミッチェルとエマは仮定の呼称だから僕が見えないとおかしいんだよ。

でも、僕には見えなかった。愛と炎の歴史が。

今ここにいるのは誰?

「言葉にしないといけないのかしら」気が付くと後ろでエマが腰に手を当てていた。僕が振り向いたのかエマが振り向いたのか、そんなこと言われたの初めてだから僕は平静を保てなかった。

「ヤー」それが否定なのか肯定なのかも分からない。ただの挨拶のつもりだった。

エマは消えていた。神様が見せてくれた虚像なのか、灰色の先に何が見える?

一丁目一番地だ。

そこにいるのは誰? エマとエレカは異種同胚だ。

エレカも虚像かも知れないと思って、僕はとても怖くなった。その前にハイミナールをやった。とてもグロッキーな気分だったからガラス街も見えなかったよ。

僕はどっかおかしいんだ、僕は立ちながら眠ってたよ。元々ハイミナールは睡眠薬なんだからそう言われればそうなんだけど、僕は歩きながら眠ってたんだ。

病院に着いた頃にはもう夜が明けてたよ。洗濯板みたいなエレカを見ながら、僕は吐き気を我慢してた。

エレカは虚像じゃなかったんだ。ちゃんとここにいる。僕はバラバラになった自分を組み立てながらちゃんと椅子に座った。

「ごめんよ、レコード忘れてきちゃったよ。色んなことがあったんだ。エレカ、もういいから目を開けてよ。隠れんぼはおしまいだよ、オニが出て来たよ。僕は消えてしまうよ。君を笑わせるジョークをいっぱい思い付いたからさ、それを言わせてくれよ。忘れない内にその金色の瞼を開けてくれ。面白いかどうか分からないけど聞いてくれよ。面白いジョークは二度言わない、つまらなそうに切り出す、自分で笑わない。それが三原則だからね、友達にも聞かせてあげなよ。自分で考えたように言うんだよ。君の友達が笑ってくれたら、その輪がどんどん広がって友達もその友達もみんな僕の友達だ。笑顔がバラバラのピースにはまったらきっとこの世界は良くなるよ。何が悪いのか分からないけど君がこの世界を好きになってくれるといいな。いい、うん、それだけでいい」

だるい眠い寒い、死ぬ時はこんな感じなのかな、と思って僕はベッドとベッドの間で眠った。

ありがとうって言うんだよ。



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