ハヅキ、犯罪組織と対峙する
完全復活を果たし、意気揚々と教室に戻った私ですが、授業どころではない事態が発生しました。
「いない?」
児童の一人、ファナという八歳の女の子がいなくなったのです。
なんでも今日は当番で、ボランティアの方々と一緒に後片付けをしていたらしいのですが、教室に戻っていないのです。
慌てて探しましたが見つかりません。トイレや図書室、その他隠れられそうなところ、思いつくどこにもいませんでした。
どうしましょう、どうすべきでしょうか。
警察にお願いして探してもらうべきでしょうか。でもすぐに動いてくれるとは限りませんし。なら大聖堂に行って、誰かに探すのを手伝ってもらうよう頼むとか――あ、だめだ。私、大聖堂に友達いなかった。
「みんな、何か変わったことはなかった?」
モニカさんの問いかけに、子供たちが顔を見合わせます。
「なんでもいいのよ。いつもと違うな、てこと。知らない人がいたとか、校舎をのぞいている人がいたとか……」
「猫がいたー」
一番小さい男の子が、ニコニコ笑って教えてくれました。
「猫?」
「うん。給食のおばさんに、ついてきちゃったんだって」
「かわいかったよー」
「みんなで猫と遊んでたー」
ボランティアの方が、猫を連れてきたそうです。
それはそれは可愛らしくて、人懐っこい猫だったそうで。子供たちは大急ぎでお昼を食べ終え、みんなで猫と遊んでいたのだとか。
「ファナも一緒に?」
「ううん、ファナは当番だし」
「ファナは猫さわると目が痒くなるんだって。だから、ちょっと離れてた」
つまり、子供たちは猫に夢中でファナを見ていなかった。
モニカさんと私は、教員室でお昼ご飯中。大人の目は届いていません。
「中には、売り飛ばしているところもあるのです」
なぜか、マイヤー様の言葉が思い浮かびます。
そういえばファナは――そっち系にはすごく受けそうな、かなりかわいい女の子でした。
「ボランティアの人に、初めて来た人はいましたか?」
私の質問に、子供たちが顔を見合わせます。
私が何を考えているかわかったのでしょう、モニカさんも顔を青ざめさせました。
「いなかったよね?」
「うん。みんな知ってる人」
違うか? いや、待てよ。
「ちなみにですが。ボランティアの人は、昔から来ていた人ですか?」
「ううん、みんな、先月から来るようになった人」
「昔から来てた人は、みんなやめちゃったんだって」
その言葉を聞いた瞬間、私は教室を飛び出しました。
「ハヅキ!」
「探して来ます!」
ヤバイです、なんかもう、ヤバイ感じがビンビンします。
まだそんなに時間は経っていません。そう遠くへは行っていないはずです。全速力で走れば、追いつけるはずです。
でも。
「……どっちに行こう?」
私は校門のところで立ち尽くしました。
この小学校、下町のど真ん中にあるんですよね。右か、左か、それともまっすぐか。うう、この選択に全てがかかっていると思うと、決断できません。
「ハヅキ、あんたなにしてるの」
焦ってオロオロしていると、声をかけられました。
「へ? リリアン?」
そこにいたのは、私のいじわるな姉、シスター・リリアン。「不機嫌」という文字を顔にべったりと貼り付けて、私を半目で睨んでいます。
あ、慌ててたから様付けしなかった。それでお怒りなんですかね。
「様……をつけろとは言わないけど。姉なのよ、さん、ぐらいつけなさいよ」
「え、いいんですか?」
「……めちゃくちゃ怒られたのよ」
私のことは様付けで呼べ、と言っていたリリアン。いちいち逆らうのもめんどくさいので、「リリアン様」と呼んでいましたが、どうやらそれが幹部の皆様に見咎められたようです。
最近怒られてばっかりですね、ご愁傷様です。
「ええと、どうしてここに?」
「あんたが寄り道するといけないから、迎えに行けと言われたのよ」
えー、いくら私でもそんなことは――ちょびっと考えてました、すいません。
ううむ、見抜かれてましたか、さすがと言っておきましょう。ですがこれは天の助けです!
「は? 誘拐?」
事情を説明すると、リリアンも顔を青ざめさせました。
「確証はありません。でも、ヤバイ感じがするので、探すの手伝ってください」
「いやでも、私、その子の顔知らないし……」
「こんな顔です」
取り出しましたのは、一本の鉛筆とメモ用紙。
メモを片手に、鉛筆をサラリサラリと動かしますと、あら不思議。
ファナちゃんの似顔絵、完成です!
「はやっ! うまっ!」
私が描いた似顔絵に、リリアンが驚きました。
私、お絵かき得意なんですよね。えっへん!
「あんた、シスターに関係ないスキルは、やたらとレベル高いのね」
あきれながら似顔絵を見ていたリリアンですが。
「あれ、この子さっき、すれ違ったかも……」
「ホントですか!?」
「泣いてたから、どうしたのかなあ、と思ったし。間違いないと思う」
「ありがとうございます!」
「あ、ちょっとハヅキ! 待ちなさーい!」
お礼を言って駆け出した私を、リリアンの声が追いかけて来ましたが。
私は無視して、全速力でダッシュしました。
◇ ◇ ◇
似顔絵をばらまきつつ、ファナを探して走り続けました。
かわいい子ですからね、泣いていたそうですし、目についたのでしょう。見たという人は大勢いて、後を追うことができました。
どんどんと、下町の外れへと向かっています。いったいどこへ行こうというのでしょうか。
『船着場じゃな』
不意に、頭の中に声が響きました。
私に取り憑いている、ナイスガイなマッスル悪霊、アーノルド卿です。
『東の大河へ通じている、用水路がある。そこから王都を出る気じゃろう』
「詳しいですね!」
『逃走路としてよく使ったからのう』
ホント、生前はなにをしでかしたんでしょうね、アーノルド卿。
いや、それは後回し。
船に乗られたら、万事休すです。私は「加速!」と叫んで、スピードを上げました。いえ、スキルというわけではなく、単なる気合いです。
「いたーっ!」
小学校から走り続けて、およそ三十分。
船着場近くのゴチャゴチャとした区画で、ようやくファナを見つけました。
「こら待てーっ、誘拐犯ー!」
腹の底から叫んだ私に、周りにいた人たちがギョッとしました。
ファナが振り返り、助けて、という顔で私を見ます。ぶたれたのでしょうか、頰が少し腫れています。
未来のアイドル候補になんてことを! 許せません!
「おやまあ、シスターとは」
ファナを連れていた三十路過ぎの女性が振り返りました。
ぱっと見、どこにでもいそうな地味な女性です。でも私を見る目はかなり剣呑です。小娘一人でどうしようっていうんだい、なんて目をしています。
「追いついたのはほめてあげるけどね。小娘一人でどうしようっていうんだい?」
あ、やっぱりそう思ってた。
「その子を返してください!」
「いやだね。せっかく連れ出したのに」
「その子をどうするつもりですか?」
「そうねえ、貴族に売るか、娼館に売るか……どちらにせよ、高く売れそうな子だよ」
「そんなこと、絶対にさせません!」
「勇ましいシスターだねえ」
でも、と。
余裕綽々で腰に手を当てる誘拐犯。周囲がざわめき、行き交う人々がそそくさと立ち去って――代わりに、「いかにも」なおじさんたちが私を取り囲みました。
その数、ざっと二十人。
え、マジ?
こんなに仲間いたの? 人混みで騒げば誰か助けてくれると思ってたのに! ちょっとみなさん、逃げないでくださいよ!
「残念だったね。ここは私の縄張り。助けなんて来ないよ」
「姐さん、こいつどうします?」
「そうだねえ、貧相な子だし。売れそうにないから、あんたらで遊んだら?」
「えー、俺たちだって、選ぶ権利はありますぜ」
「シスターっていう、属性はいいんだけどなあ」
「イモくさいガキだしなあ」
「スットンに興味ねえし」
言いたい放題ですね――このやろう。言われっぱなしはシャクにさわります!
「こっちだって、あんたらみたいなド三流のチンピラ、願い下げです!」
「ああん?」
あ、しまった。つい言い返してしまった。
ニヤニヤしていたおじさんたちが、ちょっと怒った顔になります。ヤダコワイ。
「言ってくれるじゃねえか」
ジャリッ、と足音を立てて、おじさんたちが近づいてきます。
やばいです、さすがにやばいです。ここはもう、わが頼もしき悪霊に頼るしかありません。
「アーノルド卿、すいませんが、助けてください」
『いや、しかしじゃな』
よしきた、とすぐにでも出てくれると思っていたアーノルド卿ですが。
『たくさんの人が見ておるぞ。シスターが悪霊を呼び出したなんて噂になったら、さすがに破門じゃろう? よいのか?』
げっ、と思わず声が出ました。
私を取り囲む、チンピラーズの向こうには、一般市民の皆様がおられます。怖いもの見たさでしょうか、こちらを遠巻きにして見ています。アーノルド卿が姿を見せれば、チンピラーズだけでなく一般市民の皆様にも見られてしまいます。
ジャリッ、ジャリッ、とおじさんたちが近づいてきます。
どうしよう、どうすべきでしょう。
アーノルド卿を呼び出せば、こんなやつら一撃です。
でも、アーノルド卿は悪霊です。
姿を見せれば、噂になることは必定。
悪霊憑きのシスターなんて前代未聞。
それが大聖女の側仕えなんてありえない。
教堂と大聖女の名誉を守るため――私が破門になることは確定です。
どうする、どうするハヅキ!?
この絶体絶命の状況、破門覚悟でやるしかないのか。
ああ、破門――破門か――どうしよう、破門なんて――。
ん?
破門?
「……いいんじゃね?」
『なんじゃと?』
「いや、よく考えたら、大聖女の側仕え辞められるなー、と」
そうです、大事なことを忘れてました!
私、大聖女の側仕え、辞めたいんでした!
別にシスターにこだわりないんでした!
破門上等! 願ったりかなったりじゃないですか!
『え、ええんか? 本当にええんか!?』
「いいんです! それに、ここで私が逃げたら、ファナはどうなるんです!」
どこへ売られるにしても、クソ変態に弄ばれる未来が待っているでしょう。そんなの、見捨てるわけにはいきません。
『悪霊憑きとして、教堂に追われる身となるかもしれんぞ?』
「それはそうなった時に考えましょう!」
私ごときに、教堂が総力を挙げるとも思えませんし。
こちらには、強力な悪霊にして逃亡のプロフェッショナル、アーノルド卿もいますからね。
まあ、なんとかなるでしょう!
「というわけで。やりますよ、アーノルド卿!」
『ええい……致し方なし!』
あと一歩のところまで来たおじさんたちに、私は見よう見まねのファイティングポーズを取り。
大きく息を吸って、高らかに号令しました。
「出でよ我が相棒、アーノルド卿!」