ハヅキ、小学校へ行く
瞳です。
つぶらな瞳です。
汚れのない純粋な好奇心に満ちた子供たちの瞳が、私を興味津々で見つめています。下は五歳から上は十歳まで、全部で二十二名。そのすべての瞳が、本当にキラキラ輝いているのです。
何というまぶしさでしょう、あまりの清らかさに泣きたくなってきます。
善良な一市民を自負していましたが、やっぱり自分は汚れていたんだと思い知らされる、そんな気がしてきました。
「では、自己紹介をしてください」
隣に立つシスター、モニカさんが私におっしゃいました。ちょっぴりふっくらとした、肝っ玉お母さんという感じ。「おかあちゃーん」と甘えてしまいたくなるような、優しい笑顔が素敵です。
私はモニカさんにうなずくと、一歩前へ出て、元気よくあいさつしました。
「ハヅキです。よろしくお願いいたします!」
「今日からみんなと一緒にお勉強します。みんな、仲良くするのですよ」
「はーい!」
笑顔で答えてくれたみんなに、私は涙が出るほどうれしくなりました。どこへ行っても歓迎されない、そんな日々に傷ついた心が癒されていきます。
ああ。
小学校って、ほんっと、いいところですね!
◇ ◇ ◇
みなさま、おはようございます。
気持ちのいい朝ですよ、さあ、起きてください。楽しい楽しい小学校の時間です!
え?
十七歳の私が、どうして小学校へ行っているかって?
えーと、まあ、あれです。
とうとうバレちゃったんです。
何がって――私が、読み書きできないことが。
「あんた、字が読めないの!?」
教育係という名のイジメ係、アイドル級美女のシスター・リリアンもさすがに驚いておりました。
ありとあらゆる肉体労働を押し付けて、私に音を上げさせようとしていたリリアン。ですが今のところ、その企みは失敗しております。
ま、体力には自信がありますので。
最初こそ死ぬかと思いましたが、なんとかなるものですね。
しかしさすがは次期「聖女」候補の一人と言われているリリアンです。
方針転換をし、的確に私の弱点をついてきました。
私の直属上司、大聖女様や「従者」と呼ばれる高位のシスターも同席する中、聖典の勉強会を開くことになりました。私がいかに聖典を理解していないかを明らかにし、幹部の前で恥をかかせようという魂胆です。
次から次へと、よく考えるなあと感心してしまいました。
同時に、これはアカンか、と覚悟を決めました。
なにせ私、聖典が読めませんからね。理解度うんぬん以前の問題です。さすがにこれはクビでしょう。せめて就職先は紹介してもらえるといいなあと思いつつ、読み書きできないと、正直に告白しました。
「う、うそでしょ……」
ですが、勝ち誇るかと思ったリリアンは、茫然自失となっていました。
はて?
「リリアン。ハヅキが読み書きできないこと、知らなかったのですか?」
「あ、いや、その」
「従者」のトップ、アラフィフシスターのマイヤー様に問われ、しどろもどろになるリリアン。
「あなた、まがりなりにも『姉』でしょう。なぜ今日まで知らなかったのです」
リリアンと私は、直接に指導する・される特別な関係、「姉妹」とされています。なので、聖典について語り合うというのは、毎日でもやるべきこと――らしいです。
なのに、私が読み書きできないことを、今知ったということは。
一か月近くも経つのに、一度もサシで聖典の勉強をしていなかった、ということです。「あなたこの一か月、何を指導していたの?」という目で見つめられ、恥をかいたのはリリアンでした。
人を呪わば穴二つ、というやつですね。
うむ、今回も勝った!
「ハヅキ」
しかし、勝利の余韻に浸っている暇はありませんでした。
「あなた、どこの聖堂で暮らしていたの?」
大聖女様が静かな口調で問いかけてきます。その顔に聖女スマイル――は浮かんでいませんでした。
冷ややかで、凍てつくような目。
ぞくっ、と全身に寒気が走りました。
初めて見ました、大聖女様のそんな顔。従者のみなさまもリリアンも、顔をこわばらせて息を呑んでいます。
ひょっとして――あれがガチで怒った時の顔ですかね? 聖女というより魔王という感じです。シャレにならないぐらい怖いです。
「すぐに調査して」
私が以前暮らしていた聖堂の名を告げると、大聖女様が従者に命じました。
従者の一人が、急ぎ足で出ていきます。何が起こったのかとぽかんと見ていたら、リリアンが小声で教えてくれました。
「前から問題になってるの。保護した子供に教育も与えず、奴隷がわりにしている聖堂がある、てね」
この国では、五歳から十歳までの六年間、子供を小学校に通わせることが義務付けられています。聖堂で保護した子供でもそれは同じ。聖堂もしくは国がお金を出し、最低限の教育を受けさせているそうです。
なので、聖堂で暮らしていた子が読み書きできないということは、まずないのだとか。
知らなかった。
まあ、私は孤児として聖堂に保護されていたわけではないのですが――いやでも、毎日聖典読んでるはずのシスターですから、やっぱりアウトか。
「それだけではありません。中には、売り飛ばしているところもあるのです」
マイヤー様が険しい顔で付け加えました。
この国では、二十年前に奴隷制度が廃止になっています。今では人身売買は犯罪です。人々を守るはずの聖堂が犯罪に加担しているなんて、あってはならないこと。大聖女様が激怒するのは当然ですね。
ちなみに売られるのは、主にかわいい女の子とか、きれいな男の子とかだそうで。どこに売られるかなんて――聞くまでもありませんね。
「うーん、優しいおじいちゃんでしたけどねー。いろいろ教えてくれましたし」
「では、なぜ読み書きできないのです?」
いやぁ、なんででしょうね。あっはっは。
「まったくあなたは。のんきに笑っているんじゃありません。いいですか、シスターである以上……」
ため息交じりにお説教を始めたマイヤー様。
うげ、結局お説教くらうのかと思い、隣にいるリリアンをちらりと見ると。
なんだか、とても苦しそうな顔をしていました。
はて――どうしたんでしょうね?