5話
「ねぇ、ハナ。この服にジュースを零してしまったの……。でもこのお洋服、気にいっているから染みになったら困るわ。洗ってくれる?」
「はい、分かりました。少しお待ち下さいね」
と言って、部屋を出ていく。しばらくすると別のワンピースを持ったハナが入ってきた。
「こちらに着替えましょう」
今着ているワンピースを脱いで、ハナに手渡す。お願いね、と言いながら。
ハナが持って来てくれたワンピースに着替えた。
ハナは汚れたワンピースを手に、部屋を出ていった。……よし、今よ!
扉に体当たりする勢いで廊下に出て、早歩きで玄関へ向かう。
そこにいる衛兵さんに、裏にいる野良犬に餌をやってくると言って、通してもらった。
嘘をついてしまってごめんなさいね。
ちょっと申し訳ない気持ちを抱えながらも、走って街の方へ向かう。
街に入ると、石畳の道が続く。その道を私にしては全速力で走って、魔導具屋さんを目指した。
丸い広場に出ると、お店がずらりと並んでいる。でも、迷わないわ。お父様に連れられて行ったことがあるもの。赤い扉を押し開けて、ごめんください、と声をかけてみる。
奥の方からはいはーい、と伸びやかな声が聞こえてきて、女の人が出てきた。
「ここに、抑えの護符ってありますか?」
「えぇ、あるわ。そんなもの必要なの?」
「うん、ほしいの」
緊張したけれどできるだけ堂々と頷けば、女主人は護符を取ってきてくれた。
「はい、使い方は分かる?」
首を振ると護符を私に手渡して、丁寧に教えてくれる。
「魔法を使って、身体に埋め込むのよ。うちにはそこまでやるサービスもあるけど、どうする?」
「ぜひお願いします。……あ、全部でいくらですか?」
「えーっと、そのサービスも含めて、九ゴールドよ」
「……もっと高いものだと思っていました」
「それはあんまり欲しがる人もいないからねぇ」
私のお小遣いの中から出してきたお金を手渡して、身体に埋め込むサービスもお願いした。
手のひらに埋め込むようだった。女主人は呪文を唱えて、埋め込んでくれる。ふんわりと護符が光を帯びて、消えていった。
「もし外すときは、中級魔法の護符外しを使ってね。お買い上げありがとうございました!」
もっと色んなものがあったからじっくり見てみたかったけれど、バレてはいけないものね。しょうがないわ、諦めるしかないわね……。
私は目的を果たして、店を出る。
外に出ると必死の形相でこっちへ向かってくるハナの顔を見つけてしまった。
「お嬢様!」
「……ごめんなさい」
私をさっと抱え上げて、お屋敷への道に足を向ける。
「わたしからは何も申しません。ご主人からはお叱りが待っているでしょうけれど」
ハナは険しい顔でスタスタと歩いて行く。
分かっているわ、私たち貴族の子供は、身代金目当ての誘拐に狙われやすいことが。
その危険ももちろん承知で、ここまできたのよ。
「……お父様、ごめんなさい」
お屋敷に帰ると、玄関の外に心配そうな顔をしたお父様とお母様、お兄様までいた。
お父様は怒りの表情に変えて私を見る。
「わたしはずっと教えていたはずだ。上に立つものが消えてしまえば、その下のものたちは混乱するだろう、と。貴族である自覚を持て、と」
でも、私は護符以外にももっとしたいこともあったのに、それを我慢したのよ。
もっと、領民のことを見てみたいと思ったの。ここをちゃんと統治しなければ、その上に立つダシアンさまは困ってしまうでしょう?
「危険なことをしたのはごめんなさい。でも、もっと色んなことを見てみたかったんだもの。もちろん、ここを統治しているのはお父様で、その次はお兄様でしょう」
じっとお父様の顔を見上げて、目を細める。私だって、ダシアンさま以外のこともちゃんと考えているのよ。
「でも、私が何もしなくていいわけではないじゃない。もし他の家へ嫁入りしても、空っぽの人間だって笑われてしまうのはごめんだわ」
そう、私は見下されるのは嫌いだもの。
前世ではヲタクだのなんだのって馬鹿にされたわ。そしたら、こっちでは女だからって男の人よりも下に見られるのよ。だったら、少しでもデキる女になりたいわ。
お父様の顔を睨み上げるように見ていると、隣に立っていたお母様がくすり、と笑った。
「そうよねぇ。わたくしも小さな頃、あなたと同じようなことをしたわ」
それは、上品なお母様とは似ても似つかない子供時代だ。
お母様はしゃがみこんで、私の耳に口を近付けた。誰にも聞こえないように、小さな声で教えてくれる。
「もしカノンが本当に頑張ったとき、あなたが女性としてやっていける方法を教えてあげる。あなたも不満だろうけれど、努力は必ず我が身を救ってくれるわ」
そう言い含めて、立ち上がりざまに努力をしなさい、と、そう言った。私よりも高いお母様の顔を見て、小さく頷いた。
「カノン、わたくしも一緒に謝ってあげるわ。あなたに非があるのだから、きちんと謝りましょう」
お父様の隣に立っていたお母様は私の隣に移動してきて、優しく頭を撫でた。
「……本当に、ごめんなさい」
はぁ、とお父様はため息をついて、頭を撫でる。
「きちんと謝ったのだから、もう何も言うまい。もうするなよ」
お父様がきつく私に言い含めると、お母様はほっぺに手を当てて眉をひそめた。
「あら、貴方。それは酷ですわ。カノンが謝っているのは勝手に街へ出たこと」
お母様は私の顔を見下ろして、誰にもみえないようにいたずらっぽく笑った。
「今度からは必ずお父様の許可を取って、ハナを一緒に連れていくこと。貴方も、それでよろしいでしょう?」
お父様に向き直って、ニコニコと微笑みながら小首をかしげた。お父様は何も言わず、少ししてから苦い顔で頷いたのだった。
今日はお母様の知らない一面を知った日でもあった。




