13話
「ミリア……さん。今日も泳いでいい?」
「もちろんじゃよ。いつでもここに来てよいのだぞ」
微笑を浮かべて木陰から立ち上がると、じゃぶんと泉に飛び込む。私も水の中に入って、軽く泳いだ。
「そなたは、魔法を使えるのだな。人間の幼子は使いこなせないと言うに」
「えぇ。ちょっとだけど、使えるわ」
ミリアさんは頷いて、私の瞳をじっと見つめてきた。……照れてしまうわ。
「そなた……ふむ……」
ミリアさんはにま、と笑みを浮かべると、私の手を掴んでぐいと引っ張った。ちょっと待って……っ!
「がぼ……っ!」
水中に引き摺り込まれて咄嗟に息を止める。けれど想定外のことだったので、あっという間に限界がやってきた。
水中で息ができる魔法、まだ習得してないのに……! …………苦しい……。
「助けてほしければ、わらわと契約をしよう」
水でぼやぼやとした耳元でミリアさんの声だけがはっきり聞こえた。私は必死に頷く。
このままだと死んでしまうわよ……! 冗談じゃないわ……!
頷いたのを見てミリアさんは、上下が分からなくなった私を岸へと引っ張り上げた。
「すまんのぉ。わらわは手段を選ばない質でな」
……マズイ。咄嗟に頷いてしまったけれど、アレだ。貴族の方々はみんな怖がる、身代金目的の。
本当にマズイわ。私だけではなくて、家に迷惑をかけてしまう。とりあえず側に生えている木に巻き付いた蔦を、魔法を使って伸ばして掴んだ。そのまま蔦を動かして、木の上へと登る。
「いくら欲しいの?」
ミリアさんはきょとんと首をかしげたが、私を見上げてゆったりと首を振った。
「そんな下世話なことはせぬよ」
「……溺れさせようとしたくせに?」
「それは悪かったと思っておるよ」
困ったように眉を下げて、泉の水で階段を作り出した。それをゆっくりと登って、私の下まで来ると、優しく私の手を取る。
王子様みたいに、手の甲に口づけた。
「わらわはミリア・ビーチェ。わらわと契約をしよう」
「ミリア・ビーチェ、って……」
多分、青精霊の女王……よね。
っと、少し待ってちょうだい。ここで言う契約って、精霊との契約だなんて言わないわよね……!?
「うむ、そなたが思っているようなことで合っていると思うぞ」
「……本気で言っているの? 精霊の女王と契約だなんて……」
「本気じゃ。そなたの魔力は綺麗じゃからの。わらわはそんなそなたと、契約をしたいと思ったし、あんなことをしてまで契約を取り付けたかった」
微笑をしまって、深い青の瞳で私を見つめる。私は自分の眉が下がるのを感じた。
……だって、精霊の女王なのよ? お父様に知られてしまったら、これまでのこともバレてしまいかねないし。
「無理よ……」
「わらわは言質をとったからな? そなた、精霊女王との約束を破るつもりでおるのか?」
目は細められているものの、口元は弧を描いている。
私はぐっと言葉に詰まった。精霊の女王との約束を破れば精霊にいつ命を狙われてもおかしくないし、それを楽しんでいるミリアさんにもムカついてしまう。
「……分かったわ」
それでも、私は彼女を仲間にする。
精霊女王の力は強力だもの。魔王の弱点にもなりうるほどにはね。
魔物と精霊は相対関係にあるという。魔物は汚いものを好むし、精霊は綺麗なものを好むから。
「ただし、ミリアさんが精霊女王だとバレないようにすること」
ミリアさんはゆったりと頷く。
「うむ、わらわはそれで構わぬよ。では、契約を始めようか」
ミリアさんは私の指を長い爪で傷つけ、出て来た血をごくりと飲み込んだ。
「契約完了じゃ。これでわらわはそなたのもの。いつでもそなたの戦力になろう」
ミリアさんは薄く微笑んで、私の手を取った。
「それと、わらわのことはミリーと呼ぶように。本名で呼んでしまうのはちとマズイからな」
「分かったわよ」
「何かあれば、わらわの本名を呼ぶように」
ミリーはひらひらと手を振って、森の外へと私を送り出した。
……ほんっと、今日は疲れたわ。




