散髪
北条家に来て2日目の朝
伊織は自然と目が覚める心地よい朝を迎えた
目覚めると凜音はいなくて─
伊織が家に来て2日目の朝
「…んー!」
伊織は伸びをしながら居間に入る
すると
「…あれ?」
凜音がいない
「礼子さん、凜音君はどこですかね?」
すると礼子が
「髪切りに行ったのよ〜、夏だから」
そうなのか、と伊織は思いつつ今日何をするか考えた
散歩?
ここって何もすることなくない?
「礼子さん、いつも何してるんですか?」
すると礼子は嬉しそうに教えてくれた
「いつもは散歩とか、隣の家の三枝さんとお茶でもしながら話したり、お庭の野菜たちの様子を見たり、テレビを見たりしてるわよ」
なるほど、と伊織はやはり散歩でもするかと考え着替えに部屋に戻った
「…ゆったりできないタイプの人なのね」
と礼子はそんな伊織の背中を見つめて微笑んだ
*****
散歩を初めてはや1時間ほど
「…避暑地とはいえ、やっぱり暑いわね…」
散歩を始めたのはいいが暑さを考慮していなかった
「…アイス食べたい〜」
コンビニ遠いんだっけ…
「…田舎って、不便だなぁ…」
と呟いていると、道の遠くの方から自転車に乗った凜音がやってくるのが見える
「…おっ、髪切ったのかな?」
凜音も気づいたようで、伊織のもとまで来て自転車を駐めた
「…どれどれ…」
伊織の瞳が凜音を捉える
「…え?」
凜音は髪を切る前は瞳がよく見えない上に、耳元までかかった髪が夏故に暑苦しそうに見えたが
「…こんな顔なんだ…」
その瞳は並より少し大きくて、純黒の瞳は傷が少なく
いままでは若干童顔に見えていたが、さっぱり切られた髪が大人びてみせた
耳には傷一つない
「…似合ってるよ〜!」
伊織のお墨付きだ
凜音は頬を赤らめつつ、呟く
「バイト先の店長のおすすめの美容室で、初めて行ったんですけど…」
伊織のキラキラとした瞳を見て微笑んだ
「伊織さんがそう言ってくれてよかった」
グサッ
伊織の心臓から何かが刺さる音がした
伊織は両手で顔を覆って耳まで赤くした
「…ゔ…尊い…原石だった…」
凜音は伊織が何を言っているのか理解できなかった
*****
そのまま二人で家に帰ってきた
「じゃあ僕、お昼作りますね」
そう言って黒のエプロンをつけて凜音は腕をまくる
一方伊織は凜音のことを見つめていた
(…なんか昨日の夜から凜音君がきらきらしてる…)
そう思いながら居間のテーブルの方に顔を向けた
そして座ってテレビを見始めた
(そういえばここに来てからスマホ触ってないな…)
ここにつくまでは充電のことにひどく気を取られていたが
(別にいっか、めんどくさいし…充電も切れちゃってもいいし)
そう思いながらテレビを礼子と笑いながら見る
静かで優しい日常は今日も三人を包んだ
わたし、ここに来てほんとによかったよ