静かな空間が
ようやく家についた二人
家の中に入ると祖母の礼子が伊織を見て言った─
「ばーちゃんただいまー」
凜音は居間にいる礼子に向かって言った
家に入った瞬間夏特有の涼しさを感じて気持ち良い
「おかえりなさい」
少し篭った声がこちら側に聞こえてくる
凜音はきゅっと唇を結んだ
さて、礼子に伊織のことを伝えなければ
*****
「…ということで、こちら迷子の伊織さん…で、
…こちら、祖母の礼子です」
と、一通り説明をする
すると礼子は目を細めながら伊織のことを下からゆっくりと見つめる
伊織はなぜか緊張していた
(見、見定められてる…!?私…)
すると礼子は
「…今日のところは泊まっていきなさいな」
にこりと微笑みながらそう言った
「…」
(…え、ばあちゃん?)
凜音はもちろん固まった
祖母とのふたり暮らしのこの空間に、都会生まれ都会育ちのキラキラした伊織が入ることが理解できなかった
はっきり言って、怖かった
「…ばあちゃん、それは」
それは必要ないんじゃない
そう言おうと思ったが遮られた
「…え、私…いいんですか…?」
伊織が凜音より動揺していた
「…初対面で、こんな、どこの馬の骨かもわからない…こんな私でも、泊まっていいんですか…?」
凜音は驚いた
伊織の今までの性格だと先程家に来ますかと聞いたときは食いついてきたから泊まるのも同じような反応をするのかと思っていた
すると伊織が助けを求めるような顔で凜音の方を見つめた
「…私…二人の静かな空間を壊しちゃうよ…?」
え?
凜音の脳裏には笑っている彼女しかいなくて
そんな顔で、そんなことを言う伊織がわからなかった
まるで自分のことが嫌いみたい
いかにも自信有りげな女性だと思っていた
でも
今の彼女は自分が害のある人間だと言っているようだった
したくてそうしたい訳じゃなくて、まるで自分という人間が意思に関係なくそうしてしまう性質であるといった口調だ
でも
(でも僕は…知ってるよ…あなたが、そんなことしないって
不思議な人だなって思ってたけど、
あなたは人の大切なものを馬鹿にしない人
傷つけない人
僕は…)
考えることをやめて凜音は口を開いた
「ぼ、僕…は、全然大丈夫…です…
…賑やかな方が…きっと楽しい…」
賑やか、とか、僕わかんないけど
「…伊織さんがいた方が…
静かすぎる日常が暖かくなると思う」
少し楽しくなる気がするんだ
僕も少しだけ、優しくなれる気がするんだ
会ったばかりだけど
「…っ、」
伊織は瞳を大きく開いて、口を、何か言いたげに開いては閉じたりを繰り返す
すると伊織の肩に礼子が触れた
伊織はビクッとしながら礼子の方を見た
「…遠慮しないの…凜音が言うならあなたはきっと大丈夫よ…
二週間だけでもいいから私達の家族になってちょうだい」
礼子の顔に刻まれた皺は笑ったときにできる物が多くて、そんな礼子がくしゃりと笑うと
なぜだか心が暖かくなった
伊織はなぜか大粒の涙をぼろぼろと流し出した
「…ぅ…あ、ありがとう…ございます…っ、…」
その後子供みたいにわんわんと泣いた
凜音は良かった、と思う反面どうして伊織が自分のことをさっきみたいに言ったのかわからなかった