君はそれでいいのかい
外に出られない凜音は家の外から自分を呼び声が聞こえたことに気がついた─
「凜音くーん!!」
伊織が凜音の住む家の前から凜音を呼んでいた
「…ぇ…どうして…」
凜音は驚いた様子でぬいぐるみから手を離した
そしてゆっくりと窓に近づく
それまでの間もずっと伊織は凜音の名前を呼び続ける
そして凜音は窓を開いた
その手は震えていた
何かが始まる気がするのだ
これは武者震いだ
「あっ!凜音君だ!」
伊織は窓から顔を出す凜音に気づいて手を振った
その笑顔を見て凜音は胸が苦しくなった
「…どうして…伊織さんが…」
と少し大きな声で伊織に聞いてみる
すると伊織は更に顔を輝かせて凜音に問いかける
「凜音君は!」
「それでいいのかい?」
ドクン
ドクン
全身の血が急いで巡ってくる
息がしたくてもできなかった
でもそれがようやくできるようになる
自由になる準備を心より体が先にしていた
目の前がくらくらする
現実じゃないみたいな、映画みたいな
「っ…」
だってこんなにいいタイミングで涙が流れて、
伊織さんの笑顔を見たら世界が色づいたから
「…っ、僕はっ!!」
息を吸え
体に従え
言いたいことを言ってしまえ
もらった心を応用しろ
「僕らしく…生きたい…!!」
気がつけば窓から身を乗り出していた
伊織はその言葉を聞いて大きく頷く
それが凜音の背中を更に押した
窓から家を出て、伊織の元に走り出した
(…伊織さん…ばあちゃん…)
大切なものを大切にしようと
自分らしく生きようと
(あと少し)
でもそれは、いつも誰にでも難しいこと
車の音が近付いてきた
二人は音の方向を見つめる
すると凜音が声を震わせて伊織の方を見つめた
「…父さんが…帰ってきた…」
その車は二人の前で止まり、車から凜音の父親が降りてきた
「…凜音…どうして…」
悲しそうな顔で凜音の元に駆け寄った
「…帰ろう…?」
彼はそう言って凜音に手を伸ばす
次の瞬間世界が静まり返った
凜音は伸ばされた手を優しく振り払ったのだ
「…り…と…?」
彼は瞳を大きく開いて苦しそうな表情を浮かべた
「…なんで…なんだ…?」
虚しい手を見つめながら俯いた
「…凜音の、こと…“あの人”が残した大切な家族…だから…」
虚しい手のひらに温かい水滴が落ちる
「…大切に…幸せに…なってほしくて…」
凜音は眉を下げながらそれを聞いていた
「…沢山…働いて…一緒に…自由に…暮らそうと思って…」
そう言って凜音の父親は膝から崩れ落ちる
本当に凜音の事を愛しているようだ
凜音はそれを聞いてからゆっくり父親の元へ歩いて
優しくハグをした
「父さん」
凜音は優しく語りかける
「前までの僕ならきっと…その気持ちを喜んだと思う…」
抱き締めた父親の背中が思ったよりも小さくて切なくなった
それでも語り続ける
「でも、僕は伊織さんに心を教えてもらって…沢山…沢山幸せを貰ったんだよ…」
伊織はその言葉に驚いていた
「だからね、僕は、本当は、
少しくらい不自由な生活でもさ、
僕が悲しいとき、嬉しいときに、そばにいて欲しかったんだ…」
本当の気持ちをそっと父親に渡すと、凜音は伊織の元に歩いてゆく
その背中は凛々しく、高潔な何かを纏っていた
自分らしく生きることへの決意だった
これが旅立ちで、新しい世界の始まりだった




