大切なものはいつも
暫く続いている穏やかな日々。凜音は今日は大学に用事があった。その帰り、ホームで電車を待っていた。
時刻は昼過ぎ
凜音は駅のホームにいた
今日は大学に用事があってその帰りだ
キャンパスから出てバイト先の店長黒崎と少し話してから駅まで歩いて今ホームで電車を待っている
また、植物の本をにやけながら読んでいる
「…ん…」
凜音はズボンのポケットに入れておいたスマホが震えていることに気づいた
祖母礼子からだった
「…はい、もしもし…」
暫くして電車がやって来る
一気に駅が騒がしくなった
急いでホームに走ってくる人や、椅子から立つ人などの動きが感じ取られる
ガコンッ
ホームの喧騒のなかで、そんな音が聞こえた
凜音の手のひらはまだ電話をしていたまま、耳元に当てられていて、でもスマホは落としていて、凜音の瞳は空っぽだった
緩慢な動きでスマホを拾い上げて、電車に乗る
「…」
スマホの中からは礼子の声ではなく、伊織の声が聞こえる
ずっと凜音君!?凜音君!?と聞こえ続ける
電車が出発して、タタン、タタン、という音の中に伊織の声はかき消されて他の人は気づいていなかった
あぁ、周りの風景はいつもどおりに流れてくる
「い、ぉり…さ…、僕…は…」
唇が震えていた
足も震えていて、立っているのがやっとで、目の前が真っ暗だ
「…ば…ちゃ…や…だ…」
瞳が潤んでいる
諦めそうな瞳をしていた
諦めて、泣いてしまいそうな瞳
でも、気がついたように口元をきゅっと結ぶ
諦めたくないと言っているようだ
電車が駅について扉が開いたら凜音は全力疾走で駐輪場に行く
そのまま自転車を勢い良く漕いで、駐輪場の管理人が危ないよ、と注意をしている声はもう彼には聞こえていない
「…はぁっ…はぁっ」
自分の息がいやに大きく聞こえる
息に合わせて自転車のペダルを踏む
そして着いた先は、家ではなく、病院だった
真っ白な大きな建物が凜音のことを見下ろしていた
大きな敷地には小さすぎる自転車を隅っこに駐めて、そこから更に走り出した
建物の中に入る
走る
いろんな人が彼を見るが、彼は満身創痍で走る
電話の中で伊織に言われた病室の扉を開けた
「っ…」
走っていたのに息を止めた
酸素が必要なのにそれを拒む
それくらい
目の前の光景が真実だったのだ
「…凜音君…礼子さんが…っ…礼子さんが…っ…」
“礼子さんが…倒れたの…っ”
電話の声の主が凜音のことを涙目で見つめる
「…」
凜音は瞳を空にして静かに口を開いた
「…大切なものはいつも」
病室の床にぺたりと座り込む
「…手からすり抜けて…」
そして俯いた
「…ぼく…は…一人、になる…」
空っぽの瞳が泣いていた




