猫の思い出
伊織と凜音の関係がゆっくり静かに深まってゆくそんなときに、伊織は凜音の猫のことを思い出した─
伊織が目を覚した
「…私…昨日…」
昨日のことを思い出す
昨日の朝のことだ
「…凜音くん…」
思い出すのは悲しそうな凜音の顔
『僕…僕…それはやだな』
最初の頃とは至って違って
「…あんな顔ができるのか…」
悲しそうな顔を見せるようになった
「私への警戒心が解けたのか…凜音君自身ができるようになったのか…」
後者だったら嬉しいと伊織は思った
「…全然目が離せないな…あの子の成長を日々感じるわ…」
と母親のような気持ちになりつつ伊織は朝の準備をした。
準備が終わって伊織は窓の外を見る。
窓の外は青い空が広がっていた。
そして伊織は外に出ようと思った。
*****
「…あれ…僕…昨日…」
珍しく伊織よりも遅い起床をした凜音は昨日の出来事をゆっくりと思い出してゆく
「…子供みたい…」
情けなさそうに額に手の甲を押し付ける
「やだなんて…伊織さんの自由だろ…」
そう言って、彼は朝の準備を始めた
*****
しばらくするとドアの向こうから伊織が凜音を呼んだ
「凜音くーん?起きてる?」
凜音は唐突にドアの近くから声がして驚いたが落ち着いた風に言う
「…はい、今起きました…」
そう言ってからドアを開く
すると伊織はドアを出た凜音の腕を掴んでそのまま歩き出した
「…えっ…」
戸惑いつつ伊織について行く凜音
するとついた先には凜音の飼っていた猫の墓がある庭に出た
凜音は猫の墓を前にして少しだけ表情を暗くした
「…」
「…」
しばらく無言が続いてから、悲しそうな凜音を見ながら伊織は聞いた
「ねぇ、凜音君…君の猫ちゃんはなんていう名前なの?」
その質問に凜音は瞳を揺らした
そして少し間を空けてから言う
「…ハナです」
その名前をつぶやくと彼は瞳を和らげた
「…ハナっていうんです…」
伊織はそんな凜音に優しく微笑みながら問う
「ハナのことは好き?」
すると凜音はこくりと頷いた
頷いて、その目を見張った
「…あれ…」
なぜだか涙がほろりと落ちていた
もう随分前のことなのに思い出して泣いていた
「あれ…なんで…」
そんな自分に凜音は顔を歪ませながら言う
「今更…涙…なんて」
伊織は凜音を見つめながら言う
「好きだったんだよね、悲しかったんだよね…
今更なんて、言わないでよ…
ハナは今も”そこ”にいるんでしょ?」
ハナとの思い出が昨日のことのように浮かんでは消えて
胸が一杯になって、心が熱い
「…伊織さん…?どうして…こんなに…ひどいことをするんですか…
心が…痛くて…痛くて…苦しいのに…」
まだ凜音は気付けない
ずっと心をしまってきたから
周りの人よりも、心が少ないから
それがやっと涙が流せるようになったばかりだから
「…凜音君…いつか気付くよ、その苦しみを大切にしてね?」
伊織は凜音に優しく囁く
凜音もなんとなく離してはいけない苦しみだとわかったのか、伊織の言葉を聞いて頷いた
「ハナ…僕…ごめん…涙も出なかった…ごめんね」
凜音は少しだけ心を零した
「もっと…一緒にいたかった…」
命の長さが違うとわかっていた
けれども乞い願う
だから彼は
「…でもいつも…“ここ”にいる…
…ですよね…伊織さん…」
熱くて苦しい胸に両手を当てて少しだけ苦しそうに凜音は微笑んだ
そんな凜音に伊織は優しく微笑みかける
「そうだよ…」
凜音はそんな伊織の微笑みに少しだけ心を奪われたようだった
しかし急いで涙を拭って伊織に言った
「ありがとうございます」
(ハナはいつも一緒だったんだ)
伊織は凜音のことを優しく撫でた




