「死」とは何ですか 1
「死」とはなんですか1
「『死』とは何ですか」私はそう尋ねた。
ある人は言った。
「生命としての終わり、その人間の終わり。そう言っても、あなたは満足しないのでしょうね」
夏にもかかわらず、木漏れ日を作る木々のおかげで快適な涼しさの中にいた。
「はい。それは、誰しもが思うことでしょう。あなたにとって『死』とは何ですか」
私は再度、尋ねた。もしかしたら、やや前のめりになっていたかもしれない。
「そうですね。『失意』でしょうか」
意志の喪失。意思の欠落。
「失意。失望ということですか」
予想通りの反応と言いたいのだろうか、彼は楽しそうに微笑んだ。
「≒というあたりでしょうか」
では、希望を失うことではない?
「 同じではないと?」
「失望は希望を失うことです。失意とは少し違います。これは経験を積まねば難しいでしょう」
つまりは、精神疾患の患者は彼の『死』には含まれない。
彼は警察の人間で、冷酷無慈悲。
身内さえも許さない人、だったはずなのに。
「それが今のあなたの“傷つけない正義”ですか?“真実”だけを“正義”としてしか見ていなかった。昔と変わりましたね。周りの方々のおかげですか?」
一匹狼スタンスを辞めたのは知人を通して聞いていた。
彼にもついに、仲間ができたのだと安堵した。
日が陰ったせいなのだろうか、急に彼の瞳が虚を映したように見えた。
「そのほかの方々のおかげでもありますかね」
「“そのほかの方々”。犯罪者のことですか?彼らを“許す”と?」
私はあえて、彼の心を刺すように強い口調で言った。
「ええ。自分も“罪”を背負うことで、“罰”を受けることで」
「遺族は許しませんよ、決して」
「もちろん、解っています」
彼が私の言動をどう受け取ったのかは解らない。それでも彼は、少し困ったような顔をした。
「では、あなたが罪を背負い、罰を受けることができなくなった時、理由が見えなくなった時が『失意』。あなたの『死』ですか」
「そうでしょうね。しかし、“過去”とは、“去った過ち”と書きます。僕の場合は、“救えなかった過ち”と捉えていますが」
なんとなく、なぜ彼が変わったのか分かる気がした。
ある意味、大人になったのだろう。
世界の視野が拡がったのだろう。
「人生は選択の連続とも言いますから、生きることも、死ぬことも、自分次第ってことですか」
「そうとも言えるかも知れません。まぁ、僕が死ぬにはまだ遠そうです」
類稀なる頭脳。彼は、そう簡単に、過去に「さよなら」を言えないのだ。
全ての過去とともに生きているのだ。
「あなたは大変そうですね」
「あなたもまだまだ大変ですよ」
全てを見透かしたように言う。
らしいなぁ、そう思うと自然と私の口角も上がった。
私が彼に会いに来る時は、何かに行き詰まっている時だ。
「では、また」
「はい、また」
「死」について聞いたはずなのに。
私は、去っていくその背から新しい生き方を学んだのだった。