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花天月地  作者: 功野 涼し
黒猫探偵事務所

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9/48

契約

 知らない匂い。いつも寝ているお寺のカビ臭い匂いじゃなくて花の香り。

 軋む硬い床でもない、ふわふわした柔らかい肌触り。


 牡丹はゆっくりと目を開けると、見慣れない天井が目に入る。


「あら? 目覚めた?」


 聞きなれない声に自然と体が強ばる。


 体を起こすだけで痛みが全身を駆け巡るが、それでも知らない場所にいる不安から無理に上半身を起こす。


 牡丹の目の前には、自分より背が低く童顔ゆえ可愛らしく見るが、どこか言い知れない圧を感じさせる女性、橘花が立っていた。

 橘花は牡丹を見て微笑むとゆっくりと口を開く。


「牡丹さんとやらも桐さんと一緒で、命の恩人の顔を見てそう言う態度とらない。傷付くでしょ」

「桐……そうです! 桐は? 桐は無事なんですか?」


 桐の名前を聞いて興奮した牡丹の左手が、橘花を掴もうとするが空を切る。


「まず相手を心配するのも同じなんて仲が良いことで。桐さんは無事、今入院してて、近々退院予定よ」


 橘花の言葉に胸を撫で下ろした牡丹の目の前に、スティック状の袋がつき出される。封は既に切ってあり、中から本能を刺激する、うま味成分たっぷりな匂いが牡丹の鼻を抜けていく。


 鼻をヒクヒクさせ、唾をゴクリと飲むと牡丹は恐る恐る笑顔でスティックを差し出す橘花を上目遣いで見つめる。


「こ、これは……」

「『じゅ~る』猫ってコレ好きなんでしょ? 食べる?」


「食べる」の言葉に誘われ口を近付けると、袋を咥えそっと中身を口の中へ押し出す。


 目をキラキラ輝かせ、猫用のおやつの袋を咥える牡丹を微笑ましく見る橘花。第三者が見れば異様な光景ではある。


「うにゃ……」


「今、にゃって言った? 語尾に『にゃ』って付ける化け猫なんて、あざとすぎると思うけど」


 橘花の冷たい視線を受け、牡丹が口を押さえる。


「すいません、美味しかったんでつい……」

「化け猫もジュールが好きってことか。それじゃあ会話も出来るみたいだし、早速今回の請求について話すわね」

「へ?」


 『請求』なる言葉に驚く牡丹をよそに、橘花が名刺ケースから取り出した名刺を差し出す。


「探偵事務所……ですか?」

「そ、名前はまだ決まってないけどね。それで今回の案件、牡丹さんの依頼ってことにして、私が勝手に介入した分を差し引いて……はい!」

「ご、ごごご五十三万!?」


 電卓を叩いて表示された数字を見て驚く牡丹に橘花が笑顔で頷く。


「良心的でしょう。化物を討伐して、二人を助け更に病院に移送と自宅での治療。

 プレオープン価格ってことで、かなり割り引いてるんだけど。

 橘花さん、やっさしー」


 笑顔の橘花と対象的に、牡丹が頭を抱えて唸る。チラッと上目遣いで懇願するように見つめる。


「ロ、ローンは、く、組めますか?」

「ローンを知ってるなんて賢いネコちゃんね。別に良いけど返す宛はある?」


 牡丹は首を弱々しく横に振る。


「実は今さ、事務所立ち上げるのに助手が欲しいんだけど。働きながら返すって方法もあるけど……ね?」


 橘花が目は笑ってないが、笑顔を見せながら牡丹の肩に手を置くと、牡丹は観念したように頷く。


「は、働きます。働いてお返しします」

「よしよし。ちゃんと衣食住は保証するから住み込みで働いてもらうわね」


 嬉しそうな橘花が左手を出すので牡丹も左手を出して握手する。


「私は華渉 橘花、宜しくね」

「牡丹です。宜しくお願いします」


 そこまで言って牡丹が困った顔をして右腕を見せる。


「私の体ではそんなにお役に立たないと思いますけど」

「あぁ、それは宛があるから後で一緒に行きましょう。

 それよりお腹空いちゃった、先にご飯食べない? ナポリタンとか食べれる? 冷凍だけど」


 牡丹が頷くと、橘花は台所に向かい、冷凍のナポリタンを温め始める。


 その間、橘花が牡丹の生まれについて尋ね、牡丹は分かる範囲で丁寧に答える。


「なるほどね。牡丹は寿命で死んだけど、桐さんにもう一度会いたいって思ってたら今の姿になったと」


 牡丹が頷く。


「たまに異世界から出て来た魔物がこっちで死んで、魂が蓄積されるの。

 それでこっちの世界の魂と混ざって新たな魔物……日本の呼び方で言うなら妖怪かな。それを稀に生み出すことがあるんだけど。牡丹さんはそれかな」

「異世界? 橘花様はいったい……」

「ん? 橘花様?」


 質問より、呼び方に反応した橘花の問いに牡丹が激しく頷く。


「はい、私の雇い主ですから。橘花様です。それと私のことは牡丹と呼んでください」

「なんだかむず痒いけど、まあ良いか。

 私は、こことは違う世界の存在である天使の魂を人工的に混ぜた人間なわけ」


 分かったような、分かってないような顔をした牡丹を橘花は指差す。


「牡丹と一緒よ。人工か天然かってだけの違い」


 電子レンジが温め終了を知らせる音楽を奏でると、橘花は立ち上がり食事の準備をする。


 熱いナポリタンを必死に冷ましながら食べる牡丹の姿を、橘花は微笑ましそうに見ている。



 ***



「ここはどこなのですか?」


 町を外れ裏通りを抜け、更にその裏側の薄暗い建物の間を歩く牡丹が不安そうに橘花に訪ねる。


「まあ本当の裏社会ってやつかな。それよりその松葉杖使いやすい? アルミ製だから軽くて良いかと思ったんだけど」

「はい! 使いやすいです」

「良かった。それも請求に上乗せしておくから。一万円くらいだったかしら?」


 明るい表情をしていた牡丹だったが一瞬でうなだれてしまう。


「はいストップ。ここだから」


 橘花がビルの裏口に立ち頭上にある防犯カメラに笑顔で手を振る。

 ドアからカチャっと音が響くと橘花がノブに手をかけ開ける。


「さ、牡丹行くよ」


 牡丹は橘花に手招きされびくびくしながらついていく。

 中に入り薄暗く狭い廊下を歩くと一つのドアを開け中に入る。


「ヴァルティーさんお久しぶりです」

「ああ」


 ヴァルティーと呼ばれた男は何か細かい作業をしているようで、こっちを振り向きもせずに返事をする。

 見た目は堀の深い顔だちで白い髭を雑に伸ばし、髪は白髪で天辺が薄くなっており、歳を感じさせる。


 ただ年齢のわりに腕の筋肉はたくましく、力強さを感じさせる。


「何の用だ? お前さん武器は特殊で作るのがめんどくさいから作らんぞ」


 相変わらずこっちを見もせずに会話を続ける。


「技術職の人として問題のある発言ですけど、今日は武器の依頼じゃなくてこの娘。この娘の義手と義足作れませんか?」

「義手、義足?」


 ヴァルティーは初めてこっちに視線を向けると牡丹を見る。


「なんだ、コイツ魔物か?」

「そうです。しかもこっちで自然に生まれた珍しい娘なんですよ」


 牡丹はお辞儀をするがヴァルティーは挨拶をするわけでもなく立ち上がると牡丹に近寄る。


「腕と足を見せてみろ」


 牡丹を椅子に座らせ右腕と左足を見ると作業場からメジャーやノギス等を持ってきて右腕だけでなく左手や右足も計り始める。


「時間はかかるが出来る。どうする? 注文するか?」

「もちろんです。その為に来たんですから」


 笑顔で答える橘花を見てヴァルティーは鼻で笑う。


「なんだお前さん丸くなったな? 昔みたいに動くものなら何でも殺してた頃からは考えられないぞ。魔物を助けるとかどういう風の吹きまわしだ」

「まあ私も歳をとったんですよ。でも依頼があればいくらでもやりますよ。やりましょうか?」

「ないな、ワシは殺る方も殺られる方、どちらからも依頼がくるのが理想だからな。どっちも粘ってくれると儲かるから好んで人数を減らすとかありえんな」

「うわっ、結構エグいこと言いますね」


 牡丹は二人の何気に恐ろしい会話に怯え小さくなって座る。その後も色々話す二人だが、話についていけない牡丹にとってはすごく長い時間だった。


「さて行こうか。じゃあヴァルティーさんよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 牡丹は何をお願いしてるのかもよく分かってないが橘花に続き頭を下げる。


 外に出て牡丹はチラチラと視線を寄越しながら橘花に訪ねる。


「あの~橘花様。義手、義足と言うのは?」

「言葉通り、牡丹の手足を作るの。牡丹は魔物だから魔力を流すことで細かい動きは無理だけど、動かせるようになる、そういったヤツを注文したから。

 そっちの方が手伝いもしやすくなるでしょうし、バシバシ働けるはずよ」


 牡丹は自分に動かせる手足が手に入ると聞いて喜ぶが、すぐに不安要素を思い出し、目の下に影を作り上目遣いでオドオドと尋ねる。


「橘花様、タダではありませんよね? おいくらなんですか?」

「そりゃあね。手が二五○万で足が三○○万の計、五五○万。勿論給料から天引きするから、支払いは安心!」


 橘花の元で働くと決めた初日で六百四万の借金を背負う牡丹の足取りは重い。

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