夢
どこで生まれたかは分からない。気が付けば人間の住む町を歩いていた。
人間から色んな名前で呼ばれる。一番多いのは『くろ』だった。
その中で『しろ』と呼ぶ青年は、いつも餌もくれるし大好きだった。
その日もお腹が空いた私は餌を貰いに青年の元へ塀をつたい歩いていた。
いつも通り青年は餌をくれる。カリカリしてて美味しい、でも喉が渇くからミルクをもっと多くしてくれないかな? 何て事を考えながら食事をしていると、突然視界が暗くなり何かが体にまとわりつく。
必死に叫んでもがいたけど何もできずに抱えられ、何処かに連れて行かれると暗闇から解放されるが今度は体を押さえ付けられる。
頭を押えつけられ苦しいけど逃げれない。大きな指の隙間からいつもの餌をくれる青年が気持ち悪い笑顔を見せたかと思うと、右手に激しい痛みが走り私は叫ぶ。
そんな私を見て嬉しそうに笑う青年が腕を高く上げたかと思うと今度は左足に激しい衝撃と痛みが走る。
青年は悲鳴をあげる私を見ると楽しそうに笑う。
運が良かったのだと思う。インターフォンが鳴り青年が慌てて服を脱ぎ着替え、ドアを開けて出ていく。
慌てていたのか、立て付けが悪かったのかは分からないが、ドアが完全に閉まりきっておらずもうろうとする意識とフラフラする体を引きずり、体をぶつけながら出ていく。
うまく歩けない事がなぜかも分からず、必死に進むと違う部屋の大きな窓が開いていて、片方が網戸になっていた。
私は外に行けると思い網戸に体をぶつける。ここでも幸運だったのだろう、ガシャンと音を立て網戸の下が外れたので出来た隙間に体を入れ、背中を削りながら顔を出す。
下には緑の草と見慣れた塀がある。私は塀に着地しようと窓から飛び降りる。
だが、下にある塀に着地するはずの右手は空を切り、顔を打つとそのまま転がり落ち、更に下にあった垣根に落ちてしまう。
身動きの取れない私は薄暗い垣根の中で必死に声をあげる。
***
か細く弱々しい鳴き声が聞こえる。
私は声の主を探そうと見回す。辺りは住宅街で家が並んでいるだけだが、声を頼りに歩くとある家にある垣根の方から聞こえる気がした。
悪いとは思いながらも私はランドセルを下すと、垣根のある家の庭に忍び込む。しゃがんで垣根を掻き分けると黒い子猫がいた。
小さく鳴く子猫をそっと抱き寄せるとぬるぬるする。よく見ると前足と後ろ足が無く傷口から血が流れ続けている。私は慌ててその子猫を抱き締めると、ランドセルを背負い家に走って帰る。
家に帰ると母に子猫を見せ病院に連れて行って欲しいと必死に訴えるが、母は血で汚れた私を怒り、猫を捨ててくるように言うだけだった。
このままだと母に子猫を捨てられると思った私は、子猫に消毒と包帯を巻いたら捨ててくると約束をして手当をする。血のついた服を着替えると大きめの鞄を肩にかけて子猫を大切に抱き締め家を出る。
その途中コンビニ寄るため子猫を鞄に入れ、猫の餌やおやつを買う。
コンビニを出て少し歩くと、小さなお寺がある。御堂の裏にまわり軒下に子猫を寝かせる。
さっき買ってきた液状のおやつの封を開けて鼻先に寄せるが反応しない。とりあえず開けたまま口の近くに置いて。子猫を撫でる。
弱々しく息をしている。何も出来ないけどせめて側にいようと優しく撫でる。
***
いい匂いがする。無意識に舌を出し舐めると痺れる位に美味しい味がする。そして優しく撫でられる。
ゆっくりと目を開けると小さな人間の女の子が私を見ている。その子の差し出すいい匂いのする物を必死で舐める。手足が痛いが体が生きるために食べ物を欲する。
まだ欲しい私はお代わりを要求すると、女の子は凄く喜んで新しい食べ物を用意して食べさせてくれる。
まだ体は動かないけどお礼を言うと女の子は涙をポロポロ溢し始める。そして何故か謝ってくる。この子は何もしていないのに不思議だなって思いながら見ていた。
夜になると毛布の入った段ボールに入れられドアのついた本堂に入れられる。一人の夜は寂しく傷が痛む。
女の子は毎日来てくれた。傷も癒えて段々歩ける様になった私は女の子の膝に座って眠るのが日課になった。
その日もいつもの膝の上で寝ていたら女の子が話しかけてくる。
「元気になって良かった。そうだ! あなたの名前決めたんだ。見つけた場所の近くに咲いてた花からとったんだけど」
女の子が優しく頭を撫でてくれる。
「牡丹!」
***
頬を涙がつたう感触で目を覚ます。懐かしい夢を見ていた、途中他の人の夢が混ざった様な不思議な夢だった。
「牡丹……」
病院の天井を見ながら呟く。
小学生のころ牡丹の垣根で見つけた右前足と左後ろ足を切断されていた子猫。
しばらくはお寺で隠れて会っていたけど、私はどうしてもその子が飼いたくてお父さんとお母さんにお願いしたら反対され、黙って部屋で飼ってたら見つかって捨てられたんっだ。
泣いて必死に探し続け、一年後牡丹は突然戻ってきて姿を見せる。その後も時々姿を現すようになるが、お父さんたちを警戒しているのか家には近づかず遠くから見ているだけ。
そしてある日、子猫を引き連れて挨拶に来てくれた牡丹を見て泣いて喜んだ。それからも時々姿を見せてくれるが、パタリと姿を見せなくなる。
凄く大切な思い出なのに、苦しく辛い高校生活の中で忘れていた。
その子猫と同じ名前で右手と左足の無いあの人。私を必死で庇ってくれたあの女性。
バカバカしいって言われるかもしれないが他人とは思えない。
「退院したら牡丹さんに会いに行こう」
目標のできた桐は、早く傷を治すためにと、ベッドの上で朝食の到着を待つのだった。




