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花天月地  作者: 功野 涼し
夢喰らう

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無垢

 自分の名前の由来を聞いたことがあっただろうか。


 橘花(きっか)の正しい読みは『たちばな』柑橘系であるミカンの花が由来。ミカン畑を営んでいたおじいちゃんがつけてくれた名前。


 ものすごく恥ずかしがり屋だった私は、人前ではよくお母さんの後ろに隠れていたらしい。


 小中高と普通に生活して、何か特別な力も才能があるわけでもなく平凡に生きてきた。


 大学生になったときなんとなく大人になってきたなと自覚して、ちょっぴり嬉しくなったのを今でも覚えている。

 憧れの人も出来て、付き合えたらいいな……なんて、ドキドキとモヤモヤが混ざった日々は今思い返しても胸の奥がきゅっとなる気がする。


 そんなことを思い出せたのは最近の生活が充実しているからだろうか。


 普通の定義を論争するつもりはないが、ただ流れに身を任せつつも自分のやりたいことを見つけ生きていくのだろうと、それすら認識せずに生きていた。


 だけれども日常は突然崩れる。


 雨の降る夕方、傘を差して家に向かって歩いていた私は、突然後ろから羽交い締めにされ車へと連れ込まれると、3人の男の欲にまみれた乱暴な手が私の心も体も引き裂く。


 そして人のいない場所で車から投げ捨てられた私は、雨に打たれ冷えていく体温と意識に死を感じながらも、消え行く命の灯火と反比例に怒りの炎は熱を帯びていく。


 3人の男たちに対してはもちろん、この世の理不尽を全て恨んで呪った。


 だがどうすることも出来ないちっぽけな存在である私は、このまま消えていくことを悟ったときだった。


 突然雨が遮られ私の顔を覗く人が現れる。


 いや、正確には人ではなく天使だった。金色の髪を雨に濡らし、エメラルドグリーンの目を向け、そして全てを包み込む優しい笑みで天使は私に告げる。


『復讐しなさい』


 天使に差し伸べられた手を取った私は3人の男を地獄へと(いざな)う。

 簡単には逝かせないよう苦しめて、恐怖を与えていくうちに自分の中で新しい私が生まれるのを感じた。

 それが愛おしくて、もっと大きく育てたくて、復讐を終えた後4人目に想いを寄せていた人を銃で撃ち抜く。


 何かが弾けた。


 天使の魂を取り込み、人ではなくなった私は片っ端から命を狩っていく。

 私が悪と感じたもの全てを徹底的に破壊する為に引き金を引き続けた。


 銃声の代わりに響く鈴の音。断末魔に添える澄んだ音色は相反するからこそ美しく映える。


 浴びる鮮血の熱は私の心を満たしてくれる。


 私を止めれるもの何もないと屍の山を築く私にある日立ち塞がった者がいた。


 人で言えば高校生くらいの少女。


 自分を炎を司る魔女だと名乗る彼女に撃った鈴の弾丸は、当たる前に飴のように溶け音色も響かせず消えてしまう。

 離れていてもなお感じる熱に、久しぶりに汗が体を伝わる感触を思い出す。もっともそれが熱さだけではないことは橘花自身が一番よく分かっていた。

 唯一の救いは相手に殺意がないこと、魔女が本気を出せば自分が消し炭になるのは間違いないと確信しつつ相手の出方を窺う。


「えっと、そんなに警戒しないでくれると助かるんだけどなあ。えーとなんて言ったら良いかな。そうだ、ほらまずはお友だちにならない?」


 予想しなかった言葉に呆気にとられ、キョトンとしてしまった橘花の頭上から別の声が降りてくる。


「まったく、そんな言い方では逆に警戒を招いてしまいます。強いのは結構ですけど(あおい)様はノリが軽いんです」


 呆れた表情の女の子は長い金色の髪をふわりと棚引かせ空から降りてくると、背中にある白い綺麗な翼をゆっくりと畳む。

 そしてエメラルドグリーンの瞳を向けると、優しいけども隙のないそんな雰囲気を出しながら優雅に頭を下げる。


「初めまして、カノン・ニーベルングと申します。橘花様、少しだけお時間いただけませんか?」


 微笑む彼女の提案に今の私が、断れる立場でないことが分からないほど愚かではない。


 これは血にまみれた世界から離れようと、足を洗おうと思った切っ掛けのとき。なんで今さらこんなことを思い出して……


 ──あぁ夢か、多分夢を見てるんだ。


 冷静な私が今の現状を把握する。


 久しぶりに見た夢だし、もうちょっとここに居よう。


 なぜかそう思った橘花は夢の中で目を瞑り、この世界にもう少し滞在することを選ぶ。

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