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花天月地  作者: 功野 涼し
口の裂けた者

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異臭

 よく整頓された机の上で書類を眺めていた橘花は、事務所に置いてあるラジオから流れる音楽に耳を傾ける。


 事務所にはテレビも置いてあるが、橘花はラジオを好みBGM変りに流していることが多い。


「懐かしい曲ね、私が中学生のころに流行ってたわね」


 肘を机にのせ、手に顎を置くと、目を瞑り音に耳を委ねる。


『60年前に流行った曲ですが、名曲は色褪せないですね』


『私のおばあちゃんがこの曲好きで、よく聞いていたんで知ってるんですよ! 私もこの曲好きなんです』


 ラジオから流れてきた会話に手から顎を落としてズッコケてしまう。


「ろ、60年……そんな前になるのね」


 頭を押え苦笑いをしながら首を横に振った後、橘花は自分の手を見る。大学生のとき、消えてなくなりたいと思ったときの体と全く変わらない。いやむしろ人であったときよりも綺麗に見える。


 この世はあらゆる世界が存在し、今いる世界はその一つに過ぎない。隣には別の世界が広がりそこには人とは違う者たちが住んでいる。

 分かりやすく言えば異世界。どこに存在して、どうやって繋がっているのかなんてことを、科学的に証明しろと言われても無理である。そもそも人は自分自身のことも科学的に証明できていないのだから、分からなくて当然なのである。


 この世界の隣には、天使や悪魔、魔物が住んでいるまさにファンタジーな世界。太古の昔からときどきこちらの世界に来ていたりする。それ故に各世界の文献に天使や悪魔なんかが記録されているわけである。

 人とは違う力を持っている彼ら、その力を恐れ敬った過去の人々は神格化して描くが実際は、天使も悪魔も人と大差ない。


 同じ人間でもいい人もいれば悪い人もいる。それと同じで天使と悪魔にもいい人と悪い人、慈悲深いのも無慈悲なのもいる。


 橘花は手を見つめたまま呟く。


「私の前に現れた天使は快楽殺人者だったけど、それでも私にとっては救世主だったのかしらね。人でなくなった私が今を生きること、何かを見出だせるものなのかしらね」


 呟き終えるタイミングを見計らったかのようにラジオから緊迫した声が流れる。


『今入ってきたニュースによりますと、神蔵町(じんぞうちょう)の繁華街で不審者が暴れているとのことです。詳しい内容はまだ分かっていませんが怪我人が多数出ているとの情報もあります。警察の方から不要不急の外出は避け、神蔵町付近に近寄らないようにと警告が出ています。もう一度言います、不要不急の外出は避け、神蔵町へは近寄らないようにお願いします』


 緊迫したアナウンサーの声に橘花は椅子から立ち上がり、テレビをつける。ラジオの言っていた現場が上空から映し出されているが遠目からは現場の様子は何も分からない。


「神蔵町っていえば桐が買い物へ出掛けてたわね。あの子はホント巻き込まれ体質ね。愚痴を言っても仕方ない、取りあえず行くしかないわね」


 橘花が勢いよく玄関を出ると、庭をホウキで掃いていた牡丹が笑顔で出迎える。


「橘花様、この間植えたお花がっががが!?」


「後で聞くから今は急ぐ!」


 視認性の屈折、簡単には言えばそこに存在はするけど、気に止められなくなる力を魔方陣を展開し発動した橘花は、背中に白く輝く羽が生え広げる。


 そのまま喋りかけの牡丹を脇に抱えると、上空へと飛び立つのだった。



 * * *



 鏡花の脇に抱えられたまま上空を飛ぶ牡丹は、突然連れられ最初こそ驚いていたが、今は足をパタパタさせてみたり、両手を付きだして空を飛ぶどこぞのヒーローみたいなポーズを取ったりと楽しんでいる。


 手足をパタパタさせながら、橘花に目を向け


「ところで橘花さまぁ~、突然どうしたんです?」


「静かに! 鏡花が魔力を展開した痕跡がある……あっちね」


 羽を大きく広げ滑空するとパトカーや救急車のサイレンとランプ、人たちの喧騒を抜け人気のない場所へと近付く。


「牡丹、先に行って桐を助けてて。私は寄る場所ができたわ。魔力で足場を作る練習思い出して、上手に着地するのよ。それじゃあ、お願いね」


「へっ? うにゃあああああああっ!!」


 一方的に言われると突然上空で放り出され、涙目で落下していく牡丹が必死に空中に魔力を張り、それを足場にして転がり落ちていくのを見た橘花は満足したように頷き飛んでいく。


「さてと、この憎たらしい臭い……気になるわね」


 橘花の中にある天使の部分が嫌悪感を示す、その異臭の元へと急ぐ。

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