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花天月地  作者: 功野 涼し
口の裂けた者

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口裂き

 真っ暗な闇の中をさ迷う。


 暗闇よりも真っ黒な何かに追われて必死に逃げるが、逃げきれずに覆いかぶさられ全身の骨が軋み、体の中身がひっくり返るような感じに吐き気を感じながらのたうち回る。


 ──怖い、怖い……怖い、怖い、怖い


 もうそれしか考えれない。


 全てが怖くて、全てが私を笑って私を傷つけようと敵意をむき出しにする。


 闇の中では目を開いているのか瞑っているのかも分からず、ただ「怖い」ち呟き続ける。


「きみっ? 大丈夫か?」


 闇の中に響く声に何となく目を向けると、そこには光があり自分の目がどこにあるかを思い出す。


 千恵はゆっくりと目を開くと目の前には地面があり、自分がうつ伏せに倒れていたことを何となく理解する。

 地面に手をつくといつもの自分の腕じゃなく、細く骨ばって茶色い腕が目に入る。体を起こし、手のひらを自分に向けて見ると枝のように長い指にありえないくらいに尖った爪がある。


 顔が熱く頬の辺りに引っ張られるような違和感を感じて手を触れる。

 頬を押さえると手応えが薄く、あるはずのものがない、そんな感覚に陥る。


「大丈夫ですか? 急に倒れて……」


 顔を押さえたままゆっくりと声がしていた方を振り返る。


「わだっじのがおっ」


 声を出そうとするが口がうまく動かせず、しわがれた声が出てくる。

「私の顔どうなっていますか?」と尋ねることはできなかったが、振り向いた先の男性が腰を抜かし自分の顔を見て恐怖の表情を浮かべ空気を求める金魚のように口をパクパクしている姿と、店頭にあった姿見に映る自分の姿を見て千恵は悲鳴をあげる。


 キエエエエエエエエッッッ!!!!!!!!!!!!


 悲鳴を上げたつもりが、口から出てきたのは奇声であり、その叫び声に周囲の人たちが千恵に注目する。その誰しもが恐れの表情で千恵を見て、悲鳴を上げたり腰を抜かし座り込む。


 足首まで伸びた長い髪の毛に真っ赤な目。口は大きく裂け、切れ目は耳の後ろまでおよび、最早パペット人形のそれであり。口の中に上下にびっしりと生えた無数の歯と申し訳程度にある舌のアンバランスさ、頭が大きいのに体は骨ばっていて細く貧弱そうな様が更にアンバランスさを感じさせる。


 人の形を模した化物の姿をした千恵は目の前にいる、自分に声を掛けてきた男性に視線をやると男性は目を見開き恐怖の色を濃くする。


 細い体には大きすぎる手を男性に伸ばし、両手の人差し指を口の中に無理やり突っ込む。


 涙目でもがく男性の口を指でそっと広げる。


 空中に真っ赤な花が咲き、男性は口が大きく裂かれ白目を剥き倒れる。


 ──笑ってくれた!


 自分を見て怖がる周囲の人々。それは学校で天倫(あまり)のグループの一員としていたときみんなに向けられていた視線。

 自分達が近付くと、さっきまで笑顔で話をしていた人たちから笑顔がスッっと消え目を逸らされてしまう。それは千恵が一人でいても同じ現象が起きていた。


──私が近付くと笑顔が消える。


 グループ内でも天倫の機嫌を損ねないように気を使い、グループの仲間同士でも隙を見せられない息苦しさの中に生きた千恵にとって欲しかったもの。

 笑ってみんなと話をして、楽しい日々を過ごしたかった千恵にとって、男性の大きく裂けた口が笑顔に見え、千恵の求めていたものがここにあった気がした。


 千恵は床でけいれんする男性を見て大きな口を開けカタカタ笑うと、近くで座り込む女性に向かってゆっくり歩く。

 歯をガチガチと鳴らし震える女性の口に指を突っ込むと笑う。


あなだもわだって(あなたも笑って)


 笑顔を見せて倒れる女性を見て満足した千恵は這って逃げる男性を足で踏みつける。その細い足からは想像もできない力で踏まれた男性は背骨から鈍い音を立て、体が不自然に反れぐったりと倒れ込む。


 痛みで泣き叫ぶ男性の背中に跨り、後ろから手を回し口に指を入れると後ろに引っ張る。泣き叫んでいた男性が笑ったのを見届けると口を大きく開けカタカタと笑う。


 ──私だってみんなを笑顔にできる!


 千恵は嬉しくなりみんなに笑顔になって欲しくて走り始める。

 

 そのスピードは細い体に大きな頭のアンバランスな姿からは想像できないほど速く、次々と人々は捕まえては、悲鳴と怒号と真っ赤な花と共に笑顔を咲かせていく。

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