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花天月地  作者: 功野 涼し
口の裂けた者

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37/48

口先

「なにあいつ。ムカつくんだけど」


 吐き捨てるように言う星咲(ほしざき)天倫(あまり)は、本当にイライラしていたのだろう。テナントの家具を蹴って怒りを露わにする。

 大きな音に周りの人たちの視線が集まるが、関わりたくないのか視線は一瞬で散ってしまう。


「だよね。髪染めて調子に乗ってるし、あの態度ムカつくよね」


 天倫にすぐに同意するのは櫛田(くした)千重(ちえ)。うすら笑いを浮かべる千重を見て天倫は舌打ちをして歩き出すと、慌てて千重ともう一人、増島(ますじま)祐実(ゆみ)は天倫について行く。


 づかづかと不機嫌そうな足音を立て、全身で苛立ちを放つ天倫の取り付く島のなさにおろおろする二人はただ後ろをついていくだけしかできない。


「ほ、ほんと桐のやつムカつくよね。学校にいたときはオロオロしてるだけだったのにさ。忙しいんで、とか何様だよね。あのムカつく顔を叩いてやりたいもの!」


 千恵が背中越しに話し掛けると、天倫は足を止める。


「叩いてやりたい? あんたが? はんっ口先ばっかのあんたが出来るっての?」


 天倫に胸ぐらを掴まれ凄まれて、千恵は涙目で首を振る。

 そんな千恵を見て天倫はニタァっと張り付くような笑みを浮かべる。


「そうだ千恵。あんた桐のヤツの顔面ボコボコにしてさ、生意気な口をきいて申し訳ありませんでしたって泣いて謝る動画取ってきてよ」


「えっ、そんなこと」


「はあ? 出来ないとか言わないでよ。さっき桐のこと叩きたいって言ってたじゃん。たまには有言実行ってやつみせてみろよ」


 千恵の胸ぐらを掴んだまま引き寄せ、額が当たりそうな距離で天倫は睨みつける。


「明日までに動画持ってきなよ。出来ないとか言ったら明日からどうなるか分かってんでしょうね?」


 天倫が乱暴に手を押すと千恵はその場に尻餅をついて座り込んでしまう。


「頑張ってねぇ~。行くよ」


 天倫が祐実の背中を叩くと、祐実はオドオドしながら千恵を見るが慌てて天倫の背中を追いかける。


 一人残された千恵は遠ざかる天倫の背中を呆然と見つめる。


「ど、どうしよう」


 泣きながら千恵は今後のことを考える。


 このまま逃げるべきか、だとしたらどこへ? 両親や先生に相談? いやそんなことをしても成績優秀で周囲の評価も高い天倫に対し、落ちこぼれの自分の言葉なんて届かないだろう。それは桐のときに既に証明されている。

 それに桐に対し自分がやったことが暴露され、自分が非難される。


 無駄に頭の中に次々と浮かんでくる考えに溺れそうになり、焦りからなのか嗚咽感が湧きあがる。


 ただ一つ、明日から自分はかつての桐と同じ立場になることだけは、はっきりと理解できた。


 地獄のような日々が始まる、それだけは避けたい一心で千恵は立ち上がる。


 頭では「落ちつけ」と何度も自分に言い聞かせるが、心臓は経験したことのないほど速く動いていて息をするのも苦しい。それでも一歩踏み出し桐が去って行った方へと歩き出す。


 だがどこへ行ったのか見当もつかない状態で見つかるわけもなく、宛もなくさ迷い、ただ無駄に時間だけが過ぎ去っていく。


「そうだ、家に行けば」


 歩き続け日も傾きだしたとき、ようやく静まり始めた鼓動のお陰か冷静さを取り戻した千恵は桐の家に向かう。だが友達でもなく桐の両親とも面識のない自分が何と言って桐に会わせてもらえるのか。

 仮になんとか呼び出したところで、桐を叩いて顔面をボコボコにした後帰したら自分が犯人だと言っているようなものだと気が付く。


 しばらく遠巻きに桐の家の周りをウロウロしながら帰りを待ってみるが、いたずらに時間だけが過ぎ去っていく。


 傾く太陽に苛立ち近くにあった道路標識を蹴ってみるが、蹴り方が悪かったのか足を押さえ顔をしかめる。


「なんで、なんで私が……桐が、あいつがあんなところにいるからっ!」


 苛立ちをぶちまる千恵に掛けられた声の主は、千恵よりも幼い顔立ちの少年。顔立ちは整っており、どこか日本人離れした顔は別の国の人の血が混ざっているのかもしれない。


 服装が黒のスーツに黒の中折れ帽と手にはステッキを持っている。どこか世間とずれているが、それも文化の違いと言われればさほど気にならない。


 無邪気な笑顔を向けながら少年は言葉を続ける。


「お姉さんとっても可愛いんだから、笑ってほしいなぁ~。お姉さんに怖い顔させる悪いヤツは誰かな? 良ければお話聞かせてよ。力になれるかも」


 優しく微笑むその表情に見とれてしまうと同時に、助かったという安堵感が心に芽生えた千恵は(せき)を切ったように今までのことを話し始める。


 それを優しく微笑み頷きながら聞いていた少年は、最後に一言。


「それはソイツ()が悪い。お姉さんは何も悪くないよ」


 そう言いながら千恵を抱き締めてくれる。異性に抱き締められた経験のない千恵は一瞬戸惑うが、その優しい言葉につられ少年の胸に身を委ねる。


 千恵は頭を優しく撫でてくれる手が心地よくて、優しさが嬉しくて涙をこぼしてしまう。


「可哀想なお姉さん。そんなお姉さんに僕が力を貸してあげる」


 少年は千恵を正面に立たせるとそっと頬に触れる。

 頬を赤くする千恵の唇に親指を這わせ両端端に指を入れる。


「お姉さんには笑顔が似合うよ」


 口から熱さが広がり、千恵は声を出す間も無く意識を失って倒れる。


「頑張ってね。期待してるよ」


 うつ伏せに倒れたままの千恵に笑顔で手を振って少年は立ち去る。

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