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花天月地  作者: 功野 涼し
口の裂けた者

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邂逅

 桐はいつもの町中を歩く。買い出しに来ただけなのだが、どこか落ち着きがない。


(きょう)ちゃん、そんなにウロウロしてたから人にぶつかっちゃう」


 走り回るという表現は少し間違っているかもしれないが、地面からすこし浮いた状態で人混みの間……いや、人をすり抜けながら走り回る鏡花に桐はハラハラした顔で話し掛ける。


「だいじょーぶ! 鏡花ぶつからないもん!」


 鏡花は幽霊に近い存在だから人をすり抜ける、それは理解していても見た目小さな女の子が人や壁にぶつかりそうになればヒヤヒヤしてしまう。


「それよりもはやくお買い物に行こうよ! 鏡花お買い物大好き!」


 鏡花は地面すれすれを浮いた状態でバレリーナ顔負けのスピンを見せながら、人混みを飛び跳ねている。そんな姿を見れば、心配するなという方が難しいのかもしれない。


「もうっ! わがままばっかり言うならお買い物行かないよ」


「わわっ! それはやめて。桐お姉ちゃんが一緒じゃないと鏡花はどこにも行けないんだから」


 プイっと横を向いて元来た道を戻ろうとする桐の前に慌てて回り込み、必死に謝る鏡花を見て頬を膨らませ怒る桐は可笑しくなり笑ってしまう。


「むうっ、桐お姉ちゃん。笑うのは酷いと思うな!」


「だって鏡ちゃん必死なんだもの」


 クスクス笑う桐に代わって、今度は鏡花が頬を膨らませる。


「ごめんごめん、早く行こう。お買い物済ませて夕食の準備しなきゃいけないから」


「うん! 牡丹お姉ちゃんがお腹すいた~って泣いちゃうもんね」


「泣きはしないと思うけど……!?」


 桐がなんとなく視線を感じ周りを見回すと、通り行く人たちがチラチラ見ている。

 首を傾げた桐だがすぐに意味が分かる。そう、鏡花は誰にも見えていない。つまり桐は一人で喋って笑う痛い人に見えていたのだ。


 恥ずかしくなった桐は、顔を真っ赤にしてその場を走り去る。



 * * *



 食材を買う前に立ち寄ったのは、お洒落な家具が並ぶ家具屋。雑貨も売っていて、桐も何度か来たことのある場所なのだが、今回は鏡花の為に訪れている。


 桐はやや挙動不審気味に手鏡を取り出し自分を映す。正しくは自分の後ろにある家具を映しているのだ。


「もーちょっと右、うーん、そこっ! あ、行き過ぎ」


 手鏡の上で浮遊する鏡花の指示に従い、手鏡の角度を調整すると、手鏡の上をカメラのシャッターでも切るようにポンと鏡花が叩く。


「はいオッケー! 次はあの椅子がいいなっ。四つは欲しいし、あっ! あのソファーも素敵! 可愛いベッドも欲しいっ!」


「鏡に映しているだけなのに、なんだか罪悪感を感じる……」


「ほらほら、桐お姉ちゃん早く早くっ!」


 鏡に写した被写体、生命体以外で鏡花が許可したものを鏡の世界に写しとる力で今、鏡の世界は素敵なインテリアで溢れ始める。


「シンクとか取り込むのはいいけど、水とか出るの?」


「ううん、出ないよ。本物使った方がおままごとも楽しいかなって思うの。だから次は食器も欲しいなっ!」


 家具だけでなく、冷蔵庫など家電も取り込んだ鏡の世界はさぞや賑わっているのは、鏡に頭を突っ込んでいた鏡花が、頭を抜き振り向いたときの笑顔で察することができる。


 帰ったら鏡花のおままごとに付き合うのだろうなと、やろうとせがむ鏡花の姿が想像できて笑いが込み上げてくる。


 ──あの子は雲外鏡(うんがいきょう)の一種。長い間学校に置かれ多くの子供たちの喜び、悲しみを映し続けた鏡の妖怪。


 鏡花の魂に向き合うのは桐にとってプラスになるはずよ。と言っても気負いせず、年下の子を相手するように接してあげて。それが桐にとっても鏡花にとっても良いことになるから。


 桐は橘花の言葉を思い出しながら、家具を見定めする鏡花に視線を移す。


 (妹が出来たみたいで楽しいな)


 そんなことを思いながら鏡花を見つめていたときだった。


「あんた……桐よね?」


 突然かけられた声に桐の体は強ばり、背中に冷たい汗をかいてしまう。

 体に染み付いた恐怖は、そう簡単に拭えないものだとこのとき桐は知った。


 声のした方を向けば予想通り、かつて学校で自分をいじめていた同級生たち三人の姿があった。


「学校休学してるって聞いたけどなに? 髪とか染めていきってんの? 色気付いて気持ち悪っ!」


「ホントっ、似合ってねえし!」


 最近、橘花と牡丹と経験してきたことの方が命の危機もあり、今よりも危険だったことは間違いないのだが、体に染み付いた過去の恐怖が桐の体を縛り苦しめる。


 息をするのも辛く、ただ見つめるだけの桐を同級生たちは面白いおもちゃを見つけたと、壊してやろうと、狂気を含む目をして詰め寄ってくる。


「桐お姉ちゃんをバカにして! 人のことを気持ち悪いとか言うヤツの方が気持ち悪いのよっ! お前から嫌なヤツの臭いがプンプンするの!」


 動けない桐を守るように立ち、舌を出しながら同級生たちを威嚇する鏡花を見た瞬間、体の強ばりが解け軽くなるのを感じる。


 同級生たちには見えてはいないが、桐を庇って怒る鏡花の前に桐が出ると予想していない動きだったのか、歩みをとめてしまう。


「な、なによ!」


「私、忙しいんで」


 色々なことが頭の中で回り文句の言葉も沢山浮かんできたし、怒鳴ってやろうかと思ったりもしたが、出て来た言葉は当たり障りのない言葉。


 もっと言いたいことがあったのは事実。でも、それでも自分を虐げて来た子たちに言い返せたことは桐の中で大きかった。それに桐の思わぬ行動に目を丸くして驚いた表情を見せる同級生たちの顔を見ればそれで十分だった。


 桐は澄ました顔を心掛けながら同級生たちを横切り見えないところまで歩くと、胸を押え大きく息を吐く。額は汗をかいてキラキラ光っている。


「はあ~っ、こ、怖かったぁ~。鏡ちゃん守ってくれてありがとう」


「鏡花、あの子たち嫌いだもん! 鏡花が触れたらポコポコにしてやるのにっ!」


「ポコポコって……そうだね。でも叩かなくてもいいよ。鏡ちゃんの手が痛いからね。私は今ので十分」


「も~桐お姉ちゃんは甘いなぁ~。でもそこが良いとこかも! じゃあ気を取り直して次はお夕食のお買い物に行こうよっ」


「うん、今晩は何を作ろっかな」


 桐は自分の周りを飛び回る鏡花に手を差し伸べると鏡花はその手を取る。


 鏡花は自分に触れることが出来る、数少ない存在である桐と自分の手を見て嬉しそうに微笑み買い物へと向かうのだった。

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