希望
狙撃銃のスコープから見える青鬼は、間抜けに口を開け橘花のいる上空を見上げている。
スコープを覗く橘花の目には、青鬼の右太ももの内部に鈍く青白く光る玉が映る。
桐を始め一般人には見えないその輝きは、青鬼の体を形成するいわば命の輝き。
青白く不気味に揺らめく光をスコープの中心に捉える。
「核の位置はあそこね。どうりで体を切っても倒せないわけだわ」
指に掛かる引き金を引くと、銃の放つ音とはほど遠いパシュと乾いた音と共に、丸い鈴の弾丸が放たれる。
人の目には見えないが、橘花の力を纏った弾丸は空気を切り裂き、装飾品の施されている丸いフォルムにかかるはずの抵抗を一切排除する。
高速で駆け抜ける弾丸は、上空から一直線に白い光の軌跡を残すが、光の筋が見えるより前に弾丸は青鬼の核を貫き破壊する。
地面に丸い穴をあけ、太ももに光が走見えたときに青鬼は自分の体に起きた変化に嫌でも気が付く。
「あで? くずれる、あれ? あれ?」
傷口を塞ぐために生えていた手は朽ち始め、体が肩から腰にかけて斜めにズレ落ちる。一度崩れ始めると崩壊は止まらず、体を構成するパーツが次々と朽ち崩れていく。
最後には青いぶよぶよした塊だけが残る。
「な、なにが……」
一瞬の出来事に、なにがあったのか理解出来ていない桐は目の前の青い塊を見つめる。
「コイツを形成する核を壊したのよ。だから体を維持することが出来ずに崩れたってわけ」
上空から降りてきた橘花が桐の問いに答える。
「核? それって私にもあるんですか?」
「それはそうでしょう。魔物や妖怪は体を維持する為の核があるから牡丹にもあるわよ」
「ひえっ、なんだか体がムズムズします」
落ち着かない様子で胸の辺りを撫でる牡丹を見て笑みを浮かべた後、青鬼だった塊を見つめる桐の肩を叩く。
「ほら、こんなとこいつまでいても仕方ないから帰るわよ」
「あ、はい」
声を掛けられ振り返った桐の頬を橘花が突っつくと微笑む。
「これは人ではない何か。それが発した言葉に桐が思い悩む必要はないわ。……と私が言っても気になるんでしょ。そこが桐の良いところでもあるんだろうけど」
今度は橘花が桐の鼻を小突きながら笑う。
「桐はコイツの気持ちにちゃんと答えを言ったでしょ。決着はついている。ならそれでいいじゃない」
そう言って背を向けると手をパタパタと振りながら歩き始める。
「ほら、牡丹、桐、帰るわよ」
「あ、そう言えば橘花様。事務所の窓ガラス割れちゃったんですけど、どうしたらいいですか?」
「なんですって!? 鍵とか閉めてるの? ちょっと本当に急いで帰るわよ!!」
牡丹の報告に慌てる橘花の背を桐は小走りで追いかける。騒がしく帰る三人が去った後、薄暗い空が揺れ始めヒビが入り、できた隙間から光が差し込む。青鬼が張っていた結界が主を失い崩れ始めたのだ。
現実から青鬼が切り離すべく作った結界は、誰に気付かれることもなく崩れ始めゆっくりと現実と混ざり始める。
ガラス片のようにキラキラと輝きながら降り注ぐ結界の破片の中を、一つの黒い影が動く。
「いや~もっと鬼ごっこが続くと思ったんだけどなあ。天使の一匹くらい食べてくれると良かったんだ・け・どっ」
黒いスーツに黒い中折れ帽を被った少年は、手にステッキを持ったステッキをくるくと回しながら、地面に散らばった結界の破片を踏んでパリパリと軽快な音を立て青い塊に近付く。
「ぶよぶよだね~」
ステッキで青い塊を突っつき何かを探る素振りをみせた後、ある箇所を突き刺す。
「あった、あった。あ~あの天使め、ピンポイントで核を撃ち抜いちゃってくれてさ。嫌になっちゃうね」
少年は青い塊に手を入れると、取り出した砕けた破片を手のひらに乗せると口の中に放り込む。
ボリボリと飴玉をかみ砕くような音を立てた後、喉を鳴らして飲みこむ。
「う~ん、ほろ苦いっ! これが失恋の味ってやつかぁ~。この苦み、クセになっちゃうね。どれもう一つっと」
他の破片を口に入れ、味わいながら噛み砕く。
「あの天使、他のヤツとなんか違うんだよね。う~ん、考えても分かんないしなぁ。面白そうだし、しばらくこの町に滞在してみようかな」
少年は口角を上げ、愉快そうに微笑む。
***
探偵事務所のテーブルの上に広げた資料を手にとっては、ソファーに座っている桐が真剣な表情で目を通す。
「きりぃ~。何をしているんですか?」
「ん? あ、えっとね。これ」
桐が差し出してきた資料を手にした牡丹が首を傾げる。
「美容専門学校? なんですそれ?」
「えっとね、美容師の免許が取れる学校。ほら、髪を切ったり染めたりできるようになるために勉強するところ」
桐が自分の髪を牡丹に見せながら説明すると、牡丹は理解したようで大きく頷く。
「桐は髪を切る人になるんですか?」
「まだ決めたわけじゃないけど、この間行った美容院で白枝さんの話を聞いていたら美容師もいいかなって、そう思っちゃったんだ。ミーハーだよね」
「みーはぁー?」
「いいじゃない、ミーハーで」
背中越しに話し掛けてきた橘花が、桐と牡丹の間から顔を覗かせる。
「せっかく時間があるんだし、大いに悩むといいわ」
ポンポンと桐の頭を叩くと、桐はくすぐったそうに肩をすくめる。
「さて、私はちょっと出てくるから二人で留守番よろしくね」
元気に返事する二人を背にして橘花は外へと出ていく。外に出て一度振り返り玄関を見つめて、目を細めると再び歩き出す。
「希望を感じてる目。あんな目をしていたときが、私にもあったのかしらね」
橘花は自分の胸を、大切なものを落とさないように優しく押えて微笑む。




